氏 名 ニン  ティダー ミィン
HNIN, Thidar Myint
本籍(国籍) ミャンマー
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第409号
学位授与年月日 平成20年3月21日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物生産科学専攻
学位論文題目 Studies on the regulatory effects of ghrelin on growth  hormone secretion mechanisms in ruminants
(反芻動物の成長ホルモン分泌機構におけるグレリンの調節作用に関する研究)
論文の内容の要旨

 脳下垂体細胞から放出される成長ホルモン(GH)は家畜の成長やエネルギー代謝に関与している。 これまでGH分泌は視床下部から放出されるGH促進ホルモン(GHRH)とGH分泌抑制ホルモン(SRIF)により制御されていると受けとめられてきた。 しかし、1999年に小島博士らが新規の内因性GH分泌促進因子(GHS)であるグレリンをラット胃から発見したことから、 反芻動物のGH分泌におけるグレリンの調節作用に関する研究は畜産学における重要な課題となった。

 グレリンは27個または28個のアミノ酸からなり、3番目のSer残基がオクタン酸によりアシル化される。 単胃動物の研究では、グレリンは主に胃から分泌されて食欲を刺激すること、グレリンのアシル化はGH分泌に必須であることが示されている。 また血中ではアシル化されているグレリン(アシルグレリン)およびアシル化されていないグレリン(デスグレリン)として循環し、 デスグレリンが主な分子種である。 反芻家畜における給餌と血漿アシルグレリン濃度の関係は明らかになっているが、デスアシルグレリンについての情報は無い。 単胃動物と反芻動物のグレリンのアミノ酸配列は異なり、市販試薬として利用できるヒト・ラット用グレリンアッセイキットで 反芻動物の血漿デスグレリン濃度を測定することは不可能である。 また、ウシなどの大動物においてin vivo研究のために高価な市販ペプチドを大量に使用することは困難である。

 本研究ではウシグレリン、ヒトGHRH1-29、ウシペプチドチロシンチロシン(PYY)を大量に化学合成し、 さらにラジオイムノアッセイ(RIA)に使うアシルグレリン、ウシグレリン、ウシPYYおよびウシレプチンの特異的抗体を作成した。 さらにグレリン、PYY、およびレプチンを放射性ヨード標識し、アシルグレリン(希釈率1:240000)、ウシグレリン(1:15000)、 ウシPYY (1:50000)とウシレプチン(1:200000)のRIA系を構築した。 それらを用いてホルスタイン牛におけるGH分泌機構に対するグレリンの役割を明らかにすることを目的として以下の実験を行った。

 ウシアシルグレリンによるGH分泌反応を生理的投与量から薬理学的投与量までホルスタイン雌6ヶ月齢牛で確認した。 アシルグレリン投与後、血漿アシルグレリンおよびデスアシルグレリンはそれぞれ一時的に上昇し、 血漿GH濃度はグレリンの投与量に依存して上昇した。 また、薬理学的投与量のグレリン投与により血漿インスリンやNEFA濃度は上昇したが血漿レプチン濃度は変化しなかった。 生理的投与量のグレリンによるGH分泌促進効果を反芻動物で初めて明らかにした。 また、反芻動物の血漿全グレリン濃度を明らかにした。

 次に反芻動物において、デスアシルグレリンがGH分泌促進、採食制御ホルモンおよび代謝産物濃度にどのように影響するかを検討した。 ホルスタイン雄育成牛において、ウシデスアシルグレリンを10.0 μg/kg BW条件で投与し、 5分後にウシアシルグレリンを1.0 μg/kg BW条件で投与した。 アシルグレリン投与により血漿アシルグレリンと全グレリンは共に上昇したが、10分以内に基礎レベルまで急速に低下した。 アシルグレリン投与後血漿GH、インスリン、グルコースおよびNEFA濃度は上昇したが血漿PYY濃度に変化はなかった。 アシルグレリン投与によるこれらのホルモンや代謝産物濃度の変化にデスアシルグレリン前処理の影響は認められなかった。

 GH分泌に対するグレリンとGHRHの相乗作用は単胃動物で報告されているが反芻動物では不明である。 反芻動物では離乳によって内分泌制御機構が変化することが知られているので、 子牛の離乳前後におけるグレリンとGHRHの単独あるいは併用投与によるGH分泌反応の変化を検討した。 グレリンとGHRHのGH分泌に対する相乗作用は哺乳期に認められたが、併用投与によるGH濃度の上昇は離乳前後で同程度だった。 離乳前後共にグレリンとGHRHの単独あるいは併用投与は血漿IGF-1、インスリン、グルコース、NEFA濃度に影響しなかった。 離乳前後において、下垂体からのGH分泌機能に変化はないが、グレリンとGHRHに応答する細胞の割合が変化すると推定された。

 さらにグレリンの反復投与によるGH分泌を調べた。ウシグレリン(1.0 μg/kg BW)を頸静脈内カテーテルより2時間間隔で4回反復投与し、 血漿ホルモン濃度を測定した。 2回目と3回目のグレリン投与による血漿GH濃度上昇は1回目と比べて低下したが4回目グレリン投与によるGH分泌 は2回目と同程度まで回復した。 血漿インスリンとNEFA濃度はグレリンの反復投与後上昇した。反復投与により下垂体でのグレリン受容体の発現低下が起きると推定される。

 最後に栄養状態による血漿グレリン濃度の変化を検討した。 絶食により血漿アシルグレリン・デスグレリン共に上昇し、再給餌後減少したことからグレリンは反芻動物の食欲調整メカニズムに 関わっていることが考えられる。 まとめてグレリンは反芻動物のGH分泌を促進し、糖代謝や脂肪代謝に影響を与えて成長メカニズムに対する主な役割を持っていると示唆される。 それらの役割を果たすにはグレリンの分子構造が重要であると推定される。