園芸花木として愛好されているツツジは,その多くは常緑性で多様な花色の品種が育成されているが,
未だ黄色花の常緑ツツジは存在しない.
一方,異亜属の落葉性ツツジには黄色花のキレンゲツツジが日本に存在することから,これまで両亜属間交配による常緑性黄色花ツツジの
作出が試みられてきた.
常緑性ツツジとキレンゲツツジとの亜属間交配では,常緑性ツツジを種子親に用いた場合のみ種子が得られるが,
種子数は一般的に少ないこと,実生の多くは母性遺伝した常緑性ツツジ葉緑体DNAとキレンゲツツジ核ゲノムとの
不和合に起因したアルビノになること,父性遺伝由来の葉緑体DNAを持つ個体は緑色実生となり黄色花を有するが,
落葉形質が強いことなどから実用品種は作出されていない.
本研究では,亜属間交配における効率的緑色雑種実生獲得およびF1の落葉形質改善のための遺伝解析と交配技術の確立を目的に,
以下の実験を行った.
1.葉緑体DNAが父性遺伝する遺伝的要因を明らかにするため,5種1変種の常緑性ツツジ間で総当たり交配を行い,葉緑体DNAの遺伝性を調査した.
オオヤマツツジを種子親に用いた場合に高頻度で葉緑体DNAの父性遺伝が観察された.
オオシマツツジ,ミヤマキリシマ,リュウキュウヤマツツジを種子親に用いた場合,葉緑体DNAはほとんど母性遺伝となり,
これらの種を花粉親に用いた場合,他の3種との交配において高頻度で父性遺伝した.
この結果から,ツツジ属の葉緑体DNAの遺伝性は葉緑体遺伝子型に支配されることが推察された.
2.常緑性ツツジとキレンゲツツジの亜属間交配における交雑和合性の程度および緑色実生の出現頻度を調査した.
得られた種子数および発芽率は同一種内でも個体間差がみられたが,オオシマツツジおよびリュウキュウヤマツツジを
種子親に用いた場合に和合性が高く,多くの実生が得られる組合せが存在した.
緑色実生の出現頻度は総当たり交配での葉緑体DNAの父性遺伝の頻度と類似した傾向がみられ,
オオヤマツツジを種子親に用いた場合に高頻度で緑色実生が得られた.
これら緑色実生はキレンゲツツジ由来の葉緑体DNAを有していた(父性遺伝).
3.常緑性ツツジとキレンゲツツジとの交配で効率的に緑色実生を得るため,オオヤマツツジとオオシマツツジの種間雑種を種子親とし,
キレンゲツツジとの三系交配を行った.
その結果,得られた実生数は連続的に分離したのに対し,緑色実生の出現頻度は高い組合せと極めて低い組合せに分離した.
種子親に用いた常緑性ツツジ種間雑種の葉緑体遺伝子型は,15個体中14個体がオオシマツツジ由来であり,
緑色実生の出現頻度との関係はみられなかったことから,ツツジ属における葉緑体DNAの遺伝性は,種子親の核遺伝子型にも影響を受けると考えられた.
本三系交配での交配あたり緑色実生数を算出したところ,単交配よりも多くの緑色実生が得られる組合せがみられ,
オオヤマツツジを片親に利用した三系交配の有効性が認められた.
4.常緑性ツツジ×キレンゲツツジ由来F1の落葉形質改善のため,F1を用いて常緑性ツツジへの戻し交配を行った結果,
種子は複二倍体F1を花粉親に用いた場合でのみ得られた.
その発芽実生は1個体を除き緑色実生であり,葉色は葉緑体DNAの遺伝性とは無関係であった.
5.常緑性ツツジとキレンゲツツジゲノム間の親和性を明らかにするため,雑種の花粉稔性および減数分裂を調査した.
花粉稔性を調査した結果,複半数体では1%以下と低かったのに対し,複二倍体では75%に回復していた.
減数分裂を観察した結果,複半数体では12II+2Iから7II+12Iの対合を示し,染色体橋など分裂異常が多数観察され,
不稔性はこれらに起因していると考えられた.
複二倍体では低頻度ながら四価染色体が観察されたが,80%の花粉母細胞では26IIが観察され,同親対合により分裂異常が回避され,
稔性を回復したと考えられた.
6.BC1で黄色花の形質のみを常緑性ツツジに移入するためには,両ゲノム間での染色体乗換えが必要である.
そこで,BC1での遺伝子移入度を共優性マーカーによって調査した.
1RFLP,5アイソザイム遺伝子座において,ゲノム間での乗換えに起因した遺伝子型を示した個体の出現頻度は,
自由に乗換えが生じる場合の理論値より極めて低く,遺伝子座により異なった.
よってこれらゲノム間の相同性は染色体や遺伝子座によって異なることが認められた.
以上の結果から,常緑性ツツジには種子親に用いた場合に高頻度で葉緑体DNAが父性遺伝する種が存在し,
本種を片親に用いた常緑性ツツジ雑種とキレンゲツツジとの三系交配を行えば効率よく緑色実生を獲得できることを明らかにした.
また,複二倍体を花粉親に用いた常緑性ツツジへの戻し交配では,そのほとんどが緑色実生となり,
これら実生では,常緑性ツツジ-キレンゲツツジゲノム間での染色体乗換えがほとんど生じていないことが明らかになり,
常緑性黄色花ツツジ作出のための重要な結果が得られた.
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