コムギ(Triticum aestivum L.)とイネ(Oryza sativa L.)は世界で年間6億トン以上され,
コムギは北緯67°から南緯45°,イネは北緯53°から南緯40°までの広い地域で栽培されている.
それらの中には安定生産の障害となる気象条件をもった地域もある.
例えばわが国でみても北海道や東北北部地域は,生育の盛んな7,8月に度々低温に遭遇する.
低温による被害は数多くあるが,その甚大さからみて代表的なものとしてコムギでは穂発芽が、
イネでは障害型冷害があげられる.
コムギの穂発芽は収穫期の降雨と低温によって引き起こされ、その遺伝変異は成熟期の種子休眠性と密接な関連を持つことが知られている.
イネの障害型冷害は穂ばらみ期や開花期の低温により引き起こされ,充実花粉数や花粉稔性の低下が不稔発生の原因であることが知られている.
このようなストレス耐性は量的形質遺伝子座(QTLs)に支配され,表現型が生育期間の環境条件に大きく影響されることから
遺伝子型と表現型とを明確に対応づけることができず,詳細な解析が困難な形質とされてきた.
しかし,近年の飛躍的に発展するゲノム情報によって、QTLsに支配される形質の解析手法が発達してきた.
このような背景のもと、本研究は種子休眠性と穂ばらみ期耐冷性に関与する遺伝子を特定し、
その機能やメカニズムの解明および耐性品種育成に役立つ情報を得るために,
種子休眠性QTLsと穂ばらみ期耐冷性QTLsを同定し,それらQTLs間の相互作用について検討する目的で行った.
種子休眠性の強いゼンコウジコムギ(Zen)は既報により3A染色体と第4同祖群染色体が休眠性に関与することがわかっている.
そこでChinese Spring (CS)との組換え自殖系統(RILs)集団を用いたDNAマーカー解析から,3A,4A,4B染色体の連鎖地図を構築し, QTLs解析を行った.
まず生育環境によるノイズを小さくするため人工気象室で生育させたとき,
3A染色体短腕末端領域に種子休眠性に関わるQTL(QPhs.ocs-3A.1 )を同定した.
このQTLはZenの対立遺伝子が種子休眠性維持に強く働くことがわった.
また、3Aに座乗するトウモロコシの胎生発芽遺伝子Vp1のコムギ相同遺伝子TaVp1は発芽には直接的な影響はなく,
このことは遺伝子レベルでみたときコムギとトウモロコシやモデル植物のシロイヌナズナでは穂発芽のメカニズムが同じでないことを示唆している.
さらに,帯広とつくばの圃場環境下で検討した結果,栽培地域や年次に関わらず QPhs.ocs-3A.1 は強く発現し、
効果の大きな安定したQTLであることがわかった.
4A,4B染色体長腕にも1個ずつQTLを同定した.これら2QTLsの効果は環境によって変化したが,
マーカー間のLODのピーク位置と休眠性を強める対立遺伝子は環境間で同一であった.
3A,4A染色体にZen,4B染色体にCSの対立遺伝子を持つRILsは、Zenの種子休眠性を超越することが明らかになり、
QTLsの蓄積がさらなる穂発芽耐性の向上をもたらすことが実証された.
穂ばらみ期耐冷性極強系統の上系04501の耐冷性は他の北海道品種よりも明らかに強いことが知られていたが,
この系統の穂ばらみ期低温処理下での稔実率は約70%で、親品種のキタアケとゆきひかりあるいは他の日本品種よりも60%程度高いことがわかった。
その系譜から上系04501の穂ばらみ期耐冷性は,外国稲のSilewah由来の遺伝子に起因する可能性が示された.
そこで、Silewah由来のQTLs領域を特定するために,マーカー解析により上系04501に導入されているSilewah染色体領域を探索した.
その結果,Silewah由来の染色体断片は上系04501の7本の染色体に導入されていた.
上系04501と大地の星の交雑によるマッピング集団をもちいて、これらの染色体をターゲットにした2年間のQTLs解析から,
Silewah由来の穂ばらみ期耐冷性QTLsは第2,3,5染色体に存在することが明らかになった.
3つのQTLsは全て上系04501の対立遺伝子を持つと耐冷性を強め,稔実率は上系04501並になることがわかった.
QTLs解析は知りたいQTLの近くにマーカーがあればそれとの連鎖を利用して個々のQTLの染色体上での位置と表現型に及ぼす遺伝効果を推定できる.
本研究において同定されたQTLsのうち,コムギ3A、4B染色体,イネ第5染色体の3QTLsは新規のものである.
これらQTLsの正確なマップ位置を明らかにし、密接に連鎖するマーカーを特定あるいは開発できたことは,
今後原因遺伝子の機能解析や生物的メカニズムの解明に貢献できると期待される.
またこれらDNAマーカーは操作が容易なPCRベースのマーカーであり、コムギ穂発芽耐性育種にすでに取り入れられ、
イネ耐冷性育種でも今後活用できると期待される.
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