本研究では,乳腺上皮細胞における各種乳成分のmRNA発現量と乳量,
泌乳期および乳成分変動との関係を明らかにすることを目的とした.
まず,乳房炎感染がない健康な乳牛を用いて,牛乳カゼインの乳腺上皮細胞におけるmRNA発現量と乳量および泌乳期との関係について検討した.
次に乳房炎感染における乳房炎指標および乳成分変動と乳腺上皮細胞におけるCN mRNA発現量との関係について検討した.
最後に乳牛の泌乳量を決定する要素として重要な乳糖の生合成に関与しているラクトースシンターゼの
構成成分であるα-ラクトアルブミン(La)のmRNA発現量と乳量,泌乳期および乳糖量との関係について検討した.
1.乳牛のαs1-CN,αs2‐CN,β‐CNおよびκ‐CNのシグナルペプチドの配列は,
それぞれラットのαs1-CN,γ‐CN,β‐CN,κ‐CNにおける配列と相同している.
ラットおいてγ‐CN遺伝子のポリAテールの長さと乳量との間には相関があることが報告されている.
そこで,ラットの遺伝子と相同する各カゼインmRNA発現量と,乳量,泌乳期および乳成分との間の関係について検討した.
乳房炎感染がない健康な乳牛の乳腺上皮細胞において,乳量が30kg/日以上の場合にαs1-CN,αs2‐CN,β‐CNおよびκ‐CN mRNA発現量は,
分娩後から泌乳末期に向かって徐々に減少する傾向があることが明らかにされた.
このことは泌乳期の進行にともなって乳腺上皮細胞の乳成分生合成活性が低下していくことを示唆しており,
プログラム化された乳腺上皮細胞の細胞死と関連している可能性が考えられる.
この現象を明らかにしたことの意義は大きいが,この現象が起きるメカニズムの解明までにはいたらなかった.
しかし,カゼインmRNA発現量と乳量との間には一定の関係は認められなかった.
2.重要な乳成分変動要因として乳房炎罹があり,酪農経営においては疾病,特に乳房炎による経済的損失は甚大である.
乳房炎罹患により乳腺上皮細胞の分泌機能は低下し,乳成分の生合成および分泌量の減少が見られる.
そこで乳房炎の早期検出法として,乳腺上皮細胞のαs1-CN mRNA発現量を指標にした乳房炎検出の可能性について検討を行った.
αs1-CN mRNA発現量と体細胞数との間には一定の関係が認められなかった.
また乳腺上皮細胞におけるαs1-CN mRNA発現量は乳牛個体ごとに異なり,
浸透圧などのように一定の範囲に収斂している性質をもつ要素ではないと推定された.
乳腺上皮細胞におけるαs1-CN mRNA発現量は,乳房炎罹患による乳腺細胞の損傷,炎症反応などに影響されることはなく,
潜在性乳房炎罹患による泌乳量,無脂乳固形分率,乳糖率などの減少は,主として乳腺上皮細胞数の減少によると考えられた.
乳腺上皮細胞のαs1-CN mRNA発現量を指標にした乳房炎検出の可能性を検討するために,
乳牛個体ごとに各月ごとに連続してαs1-カゼインmRNA発現量と体細胞数を測定した結果,
両者の測定値の経時的な変動が負の相関を示す乳牛個体には乳房炎感染を繰り返す傾向などが認められ,
両者の測定値の経時的な変動における負の相関を指標とすることにより,
潜在性乳房炎罹患の有無を判定できることが示唆された.
3.α-Laは,ガラクトシルトランスフェラーゼとともに乳腺上皮細胞において乳糖合成に関与しているラクトースシンターゼを構成している.
乳腺上皮細胞で生成された乳糖量は,乳牛の泌乳能力や乳量との関係が強い.
そこで乳腺上皮細胞におけるα-La mRNA発現量と乳量,泌乳期および乳糖量との関係について検討した.
乳量と乳糖量との間には高い相関が認められたが,乳中のα-La量と乳量および乳糖量との間には一定の関係は認められなかった.
また乳腺上皮細胞のα-La mRNA発現量と,乳量,乳糖量および泌乳期との間には一定の関係は認められなかった.
これまでの研究で,乳中のα-La量は飼料給与量や乳房炎罹患,その他の要因の影響によって変動することが報告されている.
本研究の結果はこれらの報告とも関連しており,α-La mRNA発現量は乳腺上皮細胞における乳糖生合成の場で作用するが,
ダイレクトに乳中で測定されたα-La量と乳糖量を用いて計算される重量的な1:1などの関係を示すものではないと推察された.
以上の結果を総括すると、乳牛の乳腺上皮細胞におけるカゼインmRNAの発現量は泌乳期の進行に伴って減少傾向を示すこと,
乳房炎罹患による乳タンパク質率の減少はカゼインmRNA発現量と関連しないことを明らかにし,
乳タンパク質率の減少は分泌細胞数の減少によること,
および乳量は乳糖合成にかかわるα-ラクトアルブミンのmRNA発現量のみが決定要因ではなく飼養条件その他の影響が反映される可能性が示唆された.
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