本研究は、実用株として清酒醸造産業に利用することを目的に人工変異ではこれまで得られていなかった
低褐変性の高グルコアミラーゼ活性麹菌株の育種開発にはじめて成功し、取得した変異株の清酒醸造における適性や生産するグルコアミラーゼの特徴、
構造及び発現量について研究を行った。
I.低褐変性のグルコアミラーゼ高活性変異株の育種
親株とする5種類のA.oryzae 既存菌株に紫外線照射して変異株を取得し、生育が良好でデンプン分解能力の高い変異株を14菌株選抜した。
簡易製麹法により製造した麹のグルコアミラーゼ活性はいずれの菌株も親株と比べて2~5倍高かった。
加えて、ほとんどの菌株でチロシナーゼ活性が上昇した。
その中でH-1株のみがチロシナーゼ活性は親株と変わらず低く、グルコアミラーゼ活性は3.5倍であった。
これとは対照的にG-4株は両酵素活性が14株中最大で、グルコアミラーゼとチロシナーゼ活性は親株と比べて、それぞれ4.4倍、36.3倍であった。
ほとんどの変異株はチロシナーゼ活性が高いために麹摩砕抽出液は褐変したが、H-1株の固体培養麹の摩砕抽出液は褐変がみられなかった。
よって、低褐変性、高グルコアミラーゼ活性菌株としてH-1株を、比較対照としてチロシナーゼ活性の高いG-4株を選抜した。
II.低褐変性、高グルコアミラーゼ活性変異株を用いた製麹試験及び清酒醸造試験
両変異株の麹の温度経過は順調に推移したが、温度上昇の立ち上がりが親株とは若干異なった。
グルコアミラーゼ活性は親株の氷上タイプ株と吟香株の米麹と比べて変異株H-1株とG-4株の米麹は2倍以上高かった。
同時に糖化力全体やG/A比に関しても、変異株米麹は親株米麹よりも2倍以上高い値を示した。
また、G-4株米麹のチロシナーゼ活性は、H-1株より14倍高かった。
両変異株米麹で仕込んだもろみは最後までグルコース濃度が高く、
生成酒のカプロン酸エチル生成量はいずれも親株米麹で醸造した生成酒よりも多かった。
H-1株米麹で醸造した酒粕に褐変は見られなかったが、チロシナーゼ活性の高いG-4株で醸造した酒粕は褐変がみられ、実地レベルで実証された。
以上の結果から、グルコアミラーゼ高活性で酒粕が褐変しないH-1株は香気成分の高い芳醇な酒を醸造するうえで
実用的に優れた麹菌株であるとことが示唆された。
III.グルコアミラーゼの精製と諸性質の解明
H-1株とG-4株の精製グルコアミラーゼの分子量は電気泳動度から65~95kDaと推定され、両親株の推定分子量と若干異なっていたが、
比活性は両変異株と親株のグルコアミラーゼで大きな違いはなかった。
しかし、両変異株のグルコアミラーゼの熱安定性は親株よりも低く、
G-4株は20min、H-1株は40minの40℃加熱処理で40%以上の残存活性の低下が認められた。
しかし、両変異株と親株のグルコアミラーゼのTm 値はほとんど同じであった。
また、菌体1mg当たりの精製グルコアミラーゼのタンパク質量は親株に対してH-1株が3.1倍、G-4株が2.2倍多かった。
以上の結果から、変異株のグルコアミラーゼ活性の増加は比活性の上昇ではなく、
菌体当たりのグルコアミラーゼの生成量が増加したことによると考えられた。
IV.グルコアミラーゼの構造解析
変異株H-1株とG-4株のグルコアミラーゼは、糖鎖の結合モチーフを構成するセリン及びスレオニンの
組成量が親株グルコアミラーゼよりも少なかった。
親株と変異株のグルコアミラーゼの糖鎖はいずれもマンノースの割合が少なく、
主にガラクトースとGlcNAcで構成されていることから、ハイマンノース型ではなく複合型か混成型の糖鎖であると考えられた。
両変異株グルコアミラーゼの糖鎖は親株の糖鎖と比べてマンノース当たりのガラクトースとGlcNAcが少ないことから各分岐鎖が短いことが推察された。
さらに、両変異株グルコアミラーゼはEndoH処理によって脱糖鎖されたが、
親株グルコアミラーゼは脱糖鎖されなかったことから、
両変異株グルコアミラーゼの糖鎖は複合型から混成型に変化していると推測された。
V.変異株のグルコアミラーゼ発現量解析
親株と変異株のグルコアミラーゼ遺伝子からの転写発現量を比較検討するためにリアルタイムPCRによるmRNA発現量の定量解析を行った。
mRNA発現量はそれぞれの親株に対してH-1株は約2.5~3倍、G-4株は約22~25倍多く発現された。
この結果から、H-1株とG-4株は転写段階でグルコアミラーゼの発現量が増加したことにより、
グルコアミラーゼ活性が高くなったことが示唆された。
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