細胞はその分裂に先立って、娘細胞に分配する2セットの遺伝子を正確に複製しなければならない。
複製の開始反応は細胞周期制御の重要な標的の一つであり、そのメカニズムは主として出芽酵母を用いて研究されてきた。
その結果、複製開始に関与するDNAエレメントやそれに作用するタンパク質因子群が明らかにされている。
一方、高等真核細胞の複製開始反応については不明な点が未だに少なくない。
出芽酵母で明らかにされた複製開始に関与するタンパク質因子群は高等真核生物の間でも種を越えて保存されているが、
それらすべての機能及び作用機構は出芽酵母と同じではない。
また、複製開始に酵母のような特別なDNAエレメントを必要とするのか否かも報告によって異なり、
現在までの知見を説明できる普遍的モデルは浮かび上がっていない。
本研究は、ラットのアルドラーゼB遺伝子プロモーターに存在する複製開始領域(以下、aldBオリジン)を
解析の対象としてこの問題にアプローチしたものである。
具体的には、以下の点について解析を行った。
(1) ラットのaldBオリジンは別の染色体部位に挿入しても複製開始活性をもつか?
(2) その活性に特別なDNAエレメントを必要とするか?
(3) そのようなエレメントに作用するタンパク質因子はなにか?
(4) そのタンパク質の機能はなにか?
(5) 上記(2)の活性を示すDNAエレメントは他の複製開始領域にも存在するか?
(1)及び(2) では、ラットのaldBオリジンの複製開始活性がその塩基配列に依存するか否かを解析することを目的として、
aldBオリジンおよびその変異体DNAをマウスの染色体に部位特異的に挿入して解析した。
(2)及び(3)については、これまでの研究で、aldBオリジンの染色体外での自律複製活性(ARS活性)に必須なDNAエレメントであることが
判明しているサイトCに着目して研究を行った。
サイトCには転写制御因子であるAlF-Cが塩基配列特異的に結合するが、
このタンパク質は出芽酵母で明らかにされた普遍的複製開始因子ORCのサブユニットの一つ(Orc1)とも
in vitroで結合することが判明しているからである。
出芽酵母のORCは塩基配列特異的にオリジンに結合して複製開始を指令するが、哺乳類のORCはそのような特異性がないため、
どのような機作でオリジンに結合するのか不明である。
この点に関して、AlF-CがORCをaldBオリジンに結合させる仲介因子である可能性が考えられている。
この可能性を(4)で解析した。
さらに、AlF-CがORCをオリジンに集合させる機能を持つとすれば、
aldBオリジン以外にもAlF-C結合サイトを持つ複製開始領域が存在するはずである。
この検証のために、(5) でaldBオリジン以外のAlF-C結合サイトを持つ染色体領域を同定し、
その領域の複製開始機能、AlF-C及びOrc1の結合を解析した。
以下の結果を得た。
(1) ラットaldBオリジンは異なる染色体上でも複製開始領域として機能する。
(2) その活性にはサイトCにAlF-Cが結合することが必要である。
(3) サイトCに変異を導入するとAlF-Cの結合量が低下し、これと並行してOrc1の結合量も低下する。
以上のことから、AlF-Cは、オリジンに特異的に結合してそこにORCを集合させる機能を持つことが明らかになった。さらに、
(4) AlF-C結合サイトを持つ他の複製開始領域を同定し、aldBオリ ジンと同様にAlF-CとOrc1が結合することを示した。
これらの成果は、aldBオリジンからの複製開始の機構を解明するとともに、
哺乳類においてどのような機作で複製開始因子ORCがオリジンに結合するのか、というこれまで混沌としていた問題を解決した。
|