本研究は、これまで構造決定が困難だった糖タンパク質や糖脂質に含まれる糖鎖の構造を明らかにするため、
高感度なマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析計 (matrix-assisted laser desorption/ionization
time-of-flight mass spectrometry, MALDI-TOFMS) 及びMALDI-四重極イオントラップ(quadrupole ion trap, QIT)-TOFMSを用いて、
複雑な糖鎖の構造解析法を確立したものである。
第1章では、多彩な構造を形成している糖鎖の構造解析法を確立するため、MSn解析可能なMALDI-QIT-TOF質量分析により、
三種のPA化フコース含有オリゴ糖異性体、ラクト-N-フコペンタオースI、II、及びIIIの構造解析を行った。
MS2で得られた非還元末端3糖由来のイオンを捉えてMS3測定を行い、
3種の異性体の構造特異的なm/zの異なるフラグメントイオンを検出することが出来、スペクトルパターンではなく、
質量数の差として明確に構造解析することが可能であることが解った。
第2章では、中性糖脂質の簡便な構造解析法を確立するため、2倍のレーザー強度と1.5~2倍のクーリングガス導入量での条件で、
MALDI-QIT-TOF質量分析によるMSn測定を行った。
この条件で中性糖脂質のMSスペクトルを測定したところ、スフィンゴ糖脂質の糖鎖の配列に関する情報が容易に得られた。
続いて、ラクトシルセラミドに起因するイオンを捉えてMS2測定を行った結果、セラミド及びスフィンゴシン由来のピークが検出され、
これらのイオンのm/zの差から間接的に脂肪酸の構造を推定することができた。
第3章では、糖ペプチドの構造情報を得る方法を確立するため、N末端プロテインラダーシークエンシング法と
MALDI-TOF質量分析法を組み合わせたシステムを開発し、O-結合型糖鎖を有する糖ペプチドの構造解析を行った。
その結果、ペプチド部分のアミノ酸の種類及び配列に関する情報、糖鎖の結合位置に関する情報、及び糖鎖構造情報が、
単純なマススペクトルとして得られることが明らかになった。
しかし、無水トリフルオロ酢酸を用いた加水分解条件では、GlcNAcβ1-6GalNAc間の結合が酸加水分解の過程で切断される事から、
トリフルオロ酢酸-メタノール(4:1、v/v)を用いたより穏やかな加水分解条件に変更し、糖ペプチドの構造解析を再度行った。
その結果、酸加水分解時の糖鎖の切断は阻止され、より単純且つ明確なスペクトルから糖ペプチドのアミノ酸の種類及び配列、
糖鎖の結合位置および構造情報が得られた。
第4章では、MALDI-TOF質量分析法、nanoLC-ESI質量分析法、HPLC、及びMALDI-QIT-TOF質量分析法により、
ネコの尿中に分泌される糖タンパク質であるCauxinの糖鎖構造解析を行った。
Cauxinの83Asnに結合している糖鎖構造がGalβ1-4GlcNAcβ1-2Manα1-3(Galβ1-4GlcNAcβ1-2Manα1-6)(GlcNAcβ1-4)Manβ1-4GlcNAcβ1-
4(Fucα1-6)GlcNAcと決定した。
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