本論文は、戦後森林組合運動の展開について、省庁縦割り行政別の協同組合として限界性を踏まえ、
林業の地域協同組合運動と生産組合及び労働者協同組合の視角から構造論的・制度論的に分析した、理論的かつ実証的な研究である。
戦後、森林組合に対する経営規模拡大を目的とする構造改善対策と木材生産事業へ特化した国家的政策の進行は、
地域に居住する森林組合の組合員を始めとする生活者のニーズとの間で矛盾を強めている。
一方、地域との対面性や生産単位を重視した小規模森林組合では、組合員をはじめとする生活者のニーズに応え、
非木材生産事業を含めた多様な事業展開によって、経営を一定程度維持している動きもみられる。
本論文では、そうした小規模森林組合の典型といえる地域の三つの組合について、その展開を運動論とともに、
構造的な特徴を実証的に分析し明らかにした。
その上でこうした生産組織・労働者集団が制度的保証を必要とする社会経済的背景と
その発展に向けた森林組合の条件整備及び制度改正について考察した。
序章では、2001年に制定された森林・林業基本法以降においても、1964年制定の旧基本法の枠組みに引き続いて
未解決とされてきた課題の1つとして、担い手に関する森林組合法制度上での根拠規定の不明確性の課題を指摘した。
つまり、農業では1962年の農業協同組合法改正によって農事組合法人が制度化され、
漁業では水産業協同組合法(1948年)で規定している漁業生産組合があるが、森林組合は実体的に作業班等を組織していながら、
これらの労働力を森林組合法に生産組合として定める規定はなく、林業の現場においても、
こうした法制度を根拠として設立される生産組合の必要性が指摘されていることを理論的に明らかにした。
第1章では、森林組合をめぐる制度史的展開、系統運動の動向、事業活動の動向と現状等を踏まえ、
日本の森林組合の全体像の把握と課題について包括的に整理した。
第2章では、静岡県龍山村森林組合(経営面積4,829ha)を実証分析の対象とした。
非木材生産を経営の主要な柱の一つとし、また作業班の労働者協同組合化によって地域主導の実質的な地域協同組合として事業展開し、
1970年代には地域雇用の約半数までを組織し、農協を凌ぐ最大の地域協同組合ないしは労働者協同組合として成長した。
しかし、その後の事業内容が木材生産に特化する中で、日本の森林組合の中では先駆的な地域協同組合の性格を失っていった。
第3章では、秋田県旧秋ノ宮森林組合(経営面積2,435ha)を実証分析の対象とした。
農村労働者と二種兼業農家の森林組合として、在村労働者からなる農村労働組合を中心に運動を展開した。
木材生産の他に、規格外農産物の加工・販売、山菜などの非木材生産物資源の加工・販売など、
農作業の請負などを軸に地域資源の商品化を行った。
加工等に従事する労働者は、出資と管理、労働が一体の生産組合として実質的に展開したが、その後の森林組合合併政策の中で、
森林組合と労働者集団・生産組織の分離が行われた。
第4章では、宮城県登米町森林組合(経営面積2,230ha)を実証分析の対象とした。
拡大造林期の広葉樹資源を、きのこ生産等の組合員本位の利用に早くから取り組んだ。
その後1990年代から2000年代にかけて高性能林業機械の導入、プレカット加工施設の整備による事業展開を進める一方で、
地域農産物などを活用した特産事業の創設による多様な商品開発を進めてきている。
その特徴は、多様な事業展開による地域内の水平的な協業にあり、
組合内的には労働者集団による管理と地域の諸事業体・生産組織との異業種交流にある。
総括たる終章では、木材生産に特化した大規模森林組合と小規模森林組合の双方においても、
労働力は直用労働力(作業班)とともに、実体的には地域の生産組織・労働者集団の展開に支えられている点を構造的に明らかにした。
さらに、生産組織・労働者集団に依拠した小規模森林組合が地域で維持可能な経営であることからも、
生産組合・労働者協同組合として森林組合法内に制度化することこそが、林業の協同組合運動一般の展開の可能性を拡大し、
地域協同組合として展開する条件であることを制度論的に明らかにした。
そして、森林組合の規模論的考察を止揚する、今後の森林組合運動の新たな方向性を提示した。
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