氏 名 いわなみ ひろし
岩波  宏
本籍(国籍) 岩手県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第120号
学位授与年月日 平成19年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第2項該当 論文博士
研究科及び専攻 連合農学研究科
学位論文題目 リンゴ果実における貯蔵性評価の回帰モデルの開発と回帰パラメータによる軟化の遺伝解析に関する研究
( Studies on making regression modeles for evaluating storage potential and genetic analysis of softening using the regression parameter in apple fruits )
論文の内容の要旨

 本研究は、交雑育種による貯蔵性および日持ち性に優れる品種の育成を目標とし、はじめに、 収穫後の品質低下要因である果肉の軟化と酸の減少の品種間差をできるだけ少ない調査果数で評価する方法を検討し、 つぎに、その評価方法を交雑実生集団にあてはめ、貯蔵性および日持ち性の遺伝を解析した。

 まず、20℃貯蔵における貯蔵中の果肉硬度の変化に単回帰分析をあてはめた。 調査は、収穫時から5日ごとに貯蔵20日目まで行った。 その結果、硬度が収穫時から20%減少するまでの期間に単回帰分析を適用することで、 いずれの品種においても単回帰分析の前提条件は満たされ、それぞれの品種について回帰係数を標準誤差とともに推定することができた。 この場合の回帰係数は貯蔵中の軟化速度を表すことから、20℃で20日間貯蔵するだけで、 貯蔵中の軟化程度の品種間差違を軟化速度により統計的に比較することが可能となった。 一方、貯蔵中の酸の減少は、同様の貯蔵条件下ではS字曲線を描いたため、非線形回帰分析を適用したところ、 いずれの品種でも、収穫時酸含量、貯蔵期間を限りなく長くしたときの最終的な酸含量(最少酸含量=漸近線)、 酸減少速度、の3つのパラメータで表される非線形回帰モデルが適合した。 このうち、貯蔵中の品質の変化に影響を及ぼすのは酸減少速度であることから、酸減少速度を比較することで、 酸の減少の品種間差を統一的に評価することが可能となった。 これらの回帰モデル式を用いて、貯蔵温度の違いが硬度および酸の貯蔵中の変化におよぼす影響について、 20℃の日持ち条件と0℃の冷蔵条件で比較した結果、冷蔵貯蔵は、20℃貯蔵より軟化を8.9倍抑制する効果があるのに対し、 酸の減少については3.7倍しか抑制する効果がないことが明らかとなった。 この貯蔵温度の効果の差は品種によらず一定であったため、日持ち条件下での品種間差は冷蔵条件下でも同様であり、 日持ち性と貯蔵性を同意的に扱えることが示された。

 収穫後の軟化の品種間差を比較するための指標である軟化速度は量的形質であり、 量的形質の表現型値は環境変異による影響を受けやすい。 そこで分散分析により、表現型分散に含まれる環境変異による分散(誤差分散)の大きさを推定した結果、 試験的に取り除くことが困難な環境要因である遺伝子型と年との交互作用、樹間変異、樹と年との交互作用、 および収穫間変異の各分散成分の大きさはいずれも0~5%と小さいことが明らかとなった。 したがって、それぞれの個体の軟化速度は、その個体の遺伝的な特性をよく表しており、 遺伝解析に用いる個体の形質の値として有効であることが示された。

 貯蔵中に粉質化する品種があり、粉質化は軟化の一形態であるが硬度変化だけでは粉質化の発生及び発達をとらえることができない。 そこで、果肉ディスクを溶液中で振とうさせる方法により粉質化を数量的に評価し、 20℃貯蔵での収穫後の硬度減少と粉質化の発生との関係、およびその品種間差を調べた。 その結果、収穫後の軟化と粉質化の発生程度との関係により、 1)粉質化を伴って軟化するタイプ、2)わずかに粉質化して軟化するタイプ、3)粉質化がみられずに軟化するタイプ、 4)粉質化も軟化もおこらないタイプ、の4タイプに大別できた。 交雑実生集団を用いた結果、粉質化程度は非連続的に分離し、観察された分離比を説明できる遺伝子モデルは、 最低でも3つの補足遺伝子の関与が必要であった。

 交雑実生集団における軟化速度の分布は、粉質化しない個体の軟化速度は遅い方に、 粉質化する個体の軟化速度は速いほうに偏り、それぞれ連続的に分布した。 両親の軟化速度の平均値(中間親値)が大きくなるほど、その家系の軟化速度の平均値も大きくなった。 粉質化の発生の有無を考慮せずに親子回帰から求めた軟化速度の遺伝率は0.84と高い値であった。 きょうだい分析から一般組合せ能力(GCA)と特異的組合せ能力(SCA)を検定した結果、SCAは有意とならなかったことから、 相加的遺伝分散に対して優性分散は小さく、後代実生の家系平均値は、親品種のGCAの和から容易に推定できることが明らかとなった。
以上のことから、本研究で開発した回帰モデル及びそのパラメータを用いることで、 貯蔵性および日持ち性の品種間差異が明らかになるとともに、収穫後の軟化については、 後代の家系平均値を推定することが可能となった。 したがって、どのような組合せの交配を行えば目的とする個体が得られるかが容易に推定できるため、 貯蔵性および日持ち性の改良を目的とした交配計画を立てる上で、本研究で提案した軟化のモデルは極めて有用であることが明らかとなった。