氏 名 いとう さちお
伊藤 幸男
本籍(国籍) 岩手県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第119号
学位授与年月日 平成19年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第2項該当 論文博士
研究科及び専攻 連合農学研究科
学位論文題目 国際化段階における地域の林業構造の変貌と素材生産業に関する研究
( The Changing Structure of the Regional Logging Industry and Forest Product Production amidst the Globalization of the Japanese Economy )
論文の内容の要旨

 本論文は次の2点を課題としている。 ひとつは、国際化段階における東北地域の林業構造がいかに変貌したのかを明らかにすることである。 その際、今日の林業構造の特徴を最も端的に表す主体として素材生産業に注目し、 その把握を通じて今日の東北地域の林業構造の特徴を明らかにしようとした。 もうひとつの課題は、1点目の課題の前提作業として、素材生産資本の本来的性格を明らかにすることである。

 まず、前提作業としての素材生産資本の本来的性格の解明について、資本主義的林業の典型ともいえるアメリカ南部を事例に分析を行った。 そこでの素材生産業の特徴は、大規模に生産を行う事業体が存在する一方で小規模事業体の広範な存在が確認された。 一般に規模の大小にかかわらず一定の資本装備を所有するが、家族経営的事業体である場合が多い。 そして、規模の違いは伐出作業員の人数や班数の多少によるところが大きく、 一人当たりの生産性は生産規模の大小に対し大きく異ならないことが明らかとなった。 すなわち、産業資本の基本論理である利潤率の拡大には限界があり、素材生産資本は限定つきの「産業資本」といわねばならず、 そのことが小規模事業体の存在を許容し、寡占資本が素材生産部門を内部化せずむしろ家族経営的形態が広範に存立しうることを明らかにした。

 東北地域の林業構造の戦後の展開は、基本的には資本によって強く規定される中で展開してきたが、 1985年以降の国際化段階においては資本による規定的側面が弱まり構造が弛緩した段階といえる。 今日の東北地域の林業構造は土地所有と森林資源の特徴から、先発造林地域、戦後造林地域、国有林優越地域の3つのタイプとして捉えられ、 各タイプの林業構造の今日的特徴は以下の通りであった。

 明治期に造林が開始され先発造林地域として特徴づけられる宮城県鳴子町の事例からは次の点が明らかとなった。 先発的に行われた育成的林業は商人の資産形成という性格が強く、採取生産から連続的に形成された育成的林業経営ではなかったため、 木材生産を通じた地域林業構造を形成しうるものとはならなかった。 むしろ、豊富な天然林を賦存する国有林を軸とした採取林業的構造に埋没せざるを得なかった。 国有林を存立基盤に展開した素材生産業、製材業は商人資本的ないしは商業資本的な性格を今日なお払拭しえず衰退過程をたどっており、 新たに形成されつつある民有林人工林資源の価値実現を担いうるような論理展開がみられなかった。

 戦後造林地域である岩手県二戸地域の事例からは次の点が明らかとなった。 二戸地域は広葉樹の二次林と戦後造成された人工林の2つの資源を基盤として林業が展開してきた。 民有林広葉樹二次林を基盤として展開してきた素材生産業者は新たに形成された人工林資源へと移行できず停滞ないしは衰退の過程をたどっている。 一部の事業体が戦後人工林資源を捉えているが、それは特殊な市場との結びつきによるものや、 製材業の一部門としての補完的素材生産によるものである。 製材業はそもそも未成熟な地域の人工林資源との関連は弱く、地域外資源に依拠して展開し、 資源造成と製材業とでは全く異なる構造が形成されている。 資源規定的な二重の林業構造が今日なお存立しているのである。

 国有林優越地域の青森県西津軽地域の事例からは次の点が明らかとなった。 多くの事業体は国有林等のそれぞれの事業ごとに編成されており、事業体間の有機的関連は弱く、 地域林業の構造としてみた場合極めて分断的であった。国有林の経営方針に大きく規定されつつも、 造林及び素材生産業者の多くは地域内の新たな事業を捉え直しつつ展開しており、それは生産論理の追求ではなく、 事業体ないしは経営の維持を通じた生活基盤の確保といえるような論理であった。 製材業もまた生産量を縮小しつつ自社山林への依存を強めることで当面する状況を回避しようとしており、 製材業としての本来的な論理追求の展開とはなっていない。 地域の林業構造は依然として分断的様相を呈しているが、事業体のそれぞれの論理追求が構造弛緩段階においてより鮮明になっている。

 以上から、改めて林業構造と素材生産業の関係について検討すると次の点が指摘される。 素材生産業は利潤率の追求に限界を持つ限定つきの「産業資本」であり、林産資本の価値実現の一過程を担うに過ぎないが、 一方で森林所有者の地代を満足させ、他方で林産資本の超過利潤を実現しなければならない。 その意味で素材生産業の最低限の論理は労働力の再生産=事業体の維持であり、 自ら土地所有の優越性を克服しようとする資本たり得ないのである。 資本による規定的側面が弱まった構造弛緩下においては、素材生産業はより土地所有に規定されつつ、 それぞれに適合的な資源と事業を捉えようと展開する。 しかし、育成的林業段階においては、森林所有者は地代を実現しようとする論理をより強めるため、 素材生産業はこれまで以上に林業経営に規定されるのである。