氏 名 あいかわ としゆき
相川 敏之
本籍(国籍) 千葉県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第118号
学位授与年月日 平成19年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第2項該当 論文博士
研究科及び専攻 連合農学研究科
学位論文題目 メロン果実における「水浸状果」の発症機構に関する研究
( Studies on the physiological mechanism of'Water-core'in melon (Cucumis melo L.) fruit )
論文の内容の要旨

 山形県庄内地方の代表的なメロン品種である'アンデス'は果実肥大期に日射量が不足すると, 「水浸状果」と呼ばれる生理障害が発症することがある. 「水浸状果」が発症した果実は,果肉組織が水浸症状を呈すると共に,早期軟化を伴うことから, その発症にはエチレンや細胞壁多糖類が関与していると考えられるが,その詳細は明らかにされていない. そこで,本研究では,「水浸状果」の発症機構の解明を目的として,遮光処理による「水浸状果」を材料に, エチレン生成および細胞壁多糖の変化について調査した.

1. 遮光処理と「水浸状果」の発症
 メロン'アンデス'を遮光ないし無遮光条件下で育て,果実のエチレン生成量と「水浸状果」発症との関係を調査した. 遮光区では,果実のエチレン生成量の増加,果肉の軟化および「水浸状果」の発症が,無遮光区より顕著であった. 一方,収穫適期に発症する「水浸状果」は,無遮光区より遮光区でより顕著に増加したが,一部の果実では無遮光区でも発症したことから, 遮光処理が「水浸状果」発症の直接的要因ではないことが示唆された.

2. 果実の軟化およびエチレン生成と「水浸状果」の発症
 遮光処理により「水浸状果」が発症した収穫適期の果実は,エチレン生成量の増加と果実の軟化が顕著であった. 無遮光区では,過熟期における「正常果」の果肉硬度やエチレン生成量は,収穫適期における遮光区の「水浸状果」と同程度の値を示した. また,無遮光区では,過熟期になっても「水浸状果」の発症率は上昇しなかった. したがって,メロン'アンデス'果実における「水浸状果」の発症には,収穫適期以降に認められる高いエチレン生成や 著しい軟化は必要ないものと考えられた. 一方,遮光区の果実では,成熟初期のエチレン生成量が対照区に比べ増加した. したがって,メロン果実における「水浸状果」の発症には,成熟初期におけるエチレン生成量の増加が重要な役割を持っていると考えられた.

3. 遮光処理による細胞壁多糖の変化と「水浸状果」の発症
 メロン'アンデス'を用い,「水浸状果」の発症に伴う細胞壁多糖含量および中性糖組成について調査した. その結果,遮光区の果実では,アルコール不溶性物質含量が対照区よりも減少し, さらに処理後14日以降に著しい軟化を伴う「水浸状果」が発症した. 同時に,「水浸状果」ではガラクトース側鎖の少ないペクチン性多糖類が増加したと考えられた. また,「水浸状果」ではヘミセルロースにも変化が生じていることが示唆された. このように,「水浸状果」は,「正常果」に比べ細胞壁が少なく,さらにペクチン性多糖類のガラクトース側鎖が著しく損失することにより, ウロン酸を多く含んでいてもペクチン性多糖類やヘミセルロースの結合力が弱く, 細胞間の接着力が低い特徴を持つ細胞壁であることが明らかとなった.

4. 「水浸状果」におけるペクチン性多糖類の量的および質的特性
 「水浸状果」におけるペクチン性多糖類の質的特性を明らかにするために,ペクチン性多糖類を, 「未熟果」,「成熟果」および「過熟果」との間で比較した.
 CDTAおよびNa2CO3可溶性画分のウロン酸および中性糖含量は,「成熟果」と「水浸状果」の間に有意差は認められず, また「水浸状果」と「過熟果」のNa2CO3可溶性画分では, 「成熟果」よりもガラクトースの割合が減少する傾向が認められた. Na2CO3可溶性画分におけるガラクトースの減少は, 「成熟果」と「水浸状果」では高分子ペクチンからの損失で生じたのに対し, 「過熟果」では高分子ペクチンに加え低分子ペクチンからもガラクトースが損失した. したがって,「水浸状果」におけるペクチン性多糖類の量的および質的特徴は「過熟果」よりもむしろ「成熟果」に近いことが明らかとなった.
 この結果は,メロンにおける「水浸状果」が,「成熟果」とは異なるペクチン性多糖類の量的および質的変化を 伴わなくても発症することを示唆している.

5. 「水浸状果」の発症機構
 過熟期に「水浸状果」の発症率が増加しないことから,「水浸状果」の発症には成熟期以前の生理的変化が重要であると考えられた.
成熟初期のエチレン生成の増加がトリガーとなり,遮光区の果実では収穫適期前に高分子ペクチンのガラクトース側鎖の分解が促進することで, ペクチン-ヘミセルロース間の結合が崩壊し,細胞壁が減少した. この結果は,遮光区の果実では,収穫適期以前に細胞が乖離し,細胞間隙が大きくなっていることを示唆している. しかし,細胞壁の変化のみで,「水浸状果」の発症を明らかにすることは出来ず, 他の要因も「水浸状果」の発症に関与しているものと考えられる. 遮光処理により生じた成熟初期のエチレン生成の増加が,細胞膜にも作用したとすれば,透過性が変化することで, 細胞内の水分がアポプラストに移動し,拡大した細胞間隙に蓄積した可能性がある. 遮光処理が細胞膜の構造や機能に及ぼす影響は,今後の検討課題である.