氏 名 あおき ひさ
青木  久
本籍(国籍) 北海道
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第110号
学位授与年月日 平成18年9月29日 学位授与の要件 学位規則第5条第2項該当 論文博士
研究科及び専攻 連合農学研究科
学位論文題目 分離大豆タンパク質の生体酸化防御および肝臓脂質代謝調節機能
( Prevention of in vivo peroxidation and regulation of liver lipid metabolism by dietary soy protein isolate )
論文の内容の要旨

 本研究は分離大豆タンパク質(SPI)の抗酸化および肝臓脂質レベル低下作用に関して、 特に遺伝子発現制御を介した作用機構の解明を目的として行った。

SPIの摂取が生体過酸化防御に及ぼす影響
 DPPHラジカルを用いたin vitro 実験の結果、SPIはカゼイン(CAS)よりも高いラジカル消去活性を有することが示された。 その活性の大部分はSPI中に含まれる非タンパク質成分であるイソフラボノイドとサポニン(IS)によるものであった。 さらにパラコート(PQ)酸化ストレス負荷ラットを用いたin vivo 実験の結果、 SPIの摂取はCASと比較して高いPQ酸化ストレス軽減効果を示した。 一方SPIに含まれる量のISの摂取は一部の抗酸化酵素活性を誘導する効果がみられたものの、全体としての酸化ストレス軽減効果は示されなかった。 またこうした食餌SPIのPQ酸化ストレス軽減効果は、腸管におけるSPIのPQ吸収阻害によるものではないことを確認した。 最後にPQ酸化ストレス下でのSPI成分の摂取により肝臓で発現が変動する遺伝子をDNAマクロアレイにより網羅的に解析した。 その結果、グリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子発現が、 酸化ストレス下での大豆ペプチドの摂取により誘導されることが示されたが、 酸化ストレス軽減作用に直接関与する遺伝子の発現変動は見られなかった。 一連の実験により、SPI中のISは、自身の高いラジカル消去能や抗酸化酵素活性の変動を介することにより 生体過酸化防御効果を発揮する可能性があるにもかかわらず、実際のISのみの摂取による効果は小さいことから、 SPI中のタンパク質成分の摂取が固有の生体過酸化防御能を有することを本論文で初めて明らかにした。

SPIの摂取が肝臓脂質レベル低下に及ぼす影響
 ラットにCASまたはSPIを含む食餌を与えて2、6、12日間飼育し、SPIの摂取による肝臓、糞および血清中の脂質量の経時的変化を調査した。 その結果、食餌SPIは腸管での食餌トリアシルグリセロール(TG)の吸収を阻害せずに飼育6日目から肝臓TG濃度を顕著に低下させた。 また食餌SPIは、飼育6日目から肝臓コレステロール(Chol)濃度も低下させた。 次にSPIの摂取による肝臓TGおよびChol代謝関連因子の遺伝子発現量の経時的変化を調査した。 その結果、SPIの摂取はβ酸化系酵素遺伝子発現量をほとんど変化させなかった一方、飼育12日目で脂肪酸生合成酵素遺伝子発現量を減少させた。 またSPIの摂取によりChol 7αヒドロキシラーゼ遺伝子発現量が飼育12日目で減少したことから、 飼育6日目以降SPIの摂取により肝臓Chol量が減少したことに応答して胆汁酸生合成経路が遺伝子発現レベルで抑制されたと考えられた。 一連の結果からSPIの摂取による脂肪酸生合成の抑制が肝臓脂質代謝変動の主要な経路の一つであると考えられたため、 さらにアセチルCoAカルボキシラーゼ(AC)遺伝子発現量が減少するメカニズムを検討した。 AC遺伝子には2つのプロモータが存在し、それぞれが炭水化物応答因子、ステロール調節エレメント結合タンパク質(SREBP)-1による 制御を受けていることが示されている。 そこでどちらのプロモータがSPI摂取の影響を受けるかについて検討した結果、プロモータPI由来のAC遺伝子発現量がSPIの摂取で減少した。 この時、ACプロモータPIの炭水化物応答エレメントへの核内因子の結合活性は変化していなかった。 従ってSPIの摂取は、炭水化物応答エレメントとは異なる領域を介してプロモータPI活性を抑制し、AC発現量を減少させることが示された。 本実験では、食餌SPIによる脂肪酸生合成酵素遺伝子発現の調節に関わると考えられているSREBP-1のタンパク質量やDNA結合活性、 SREBP-1により転写制御されるプロモータPII由来AC遺伝子発現量についても検討したが、食餌SPIによりほとんど変化しなかった。 従って本論文で、SREBP-1を介さない経路で食餌SPIが脂肪酸生合成系遺伝子発現を抑制する可能性を初めて明らかにした。 一連の実験の補足として、SPIが植物性タンパク質の中で特に高い肝臓脂質レベル低下機能を有するのかを調査するため、 CASおよびSPIの他にホウレン草タンパク質、小麦グルテン(GLU)食摂取ラットの肝臓脂質量を分析した。 その結果、SPIの脂質レベル低下作用はGLUと同程度であり、むしろCASが他の食餌タンパク質と比較して脂質レベル上昇作用を有することが示された。