近年,我が国に広く分布する黒ボク土は凍上性が高く,土壌凍結期間に水分移動が活発であると報告例されている。
したがって,黒ボク土中の水分と熱の同時輸送は寒冷地域における水文学的な作用,たとえば,
土壌流亡や溶質移動に対して重要な役割を果たすと考えられる。
そこで本研究では,土壌凍結圃場における黒ボク土中の水分と熱の同時輸送について観察し,土壌凍結時期の不飽和水分移動の解析を行った。
試験地は岩手県盛岡市近郊の牧草地で,地表面から深さ40cm程度まで黒ボク土で覆われている。
土壌凍結期間における黒ボク土中の吸引圧,水分量,温度,および土の熱的性質(熱伝導率,体積熱容量)を測定するために,
寒冷地用テンシオメータとサーモTDR(time domain reflectmetory)プローブを作成した。
寒冷地用テンシオメータは,断熱した従来のテンシオメータに熱源を用いることで凍土および積雪下の土中の吸引圧を測定する。
サーモTDRプローブは,従来のTDRプローブにヒーターと熱電対を挿入したプローブであり,ヒーターによる土の温度変化を測定することで,
土の熱的性質を測定する。
作成した寒冷地用テンシオメータとサーモTDRプローブは,気温が0℃以下の圃場において十分に作動した。
土壌凍結実験では,防雪した地面に鉄板を置くことで土壌凍結を促す状態を作成して,土壌凍結期間における水分と熱の同時輸送を観察した。
鉄板下の土壌温度は緩やかに減少して,土壌凍結状態を作成することに成功した。
土中の熱移動では,温度勾配によって未凍土から凍土に向かう熱の輸送が生じた。
また土壌が凍結する時には土壌水が氷に相変化するため,顕熱に加えて凍結潜熱が生じた。
これは,黒ボク土中の凍結深を精度良く推定するためには,凍土と未凍土間の遷移領域における熱輸送を考慮すべきであることを示唆する。
凍結した地表面の温度低下に伴って土中の吸引圧は増加した。
したがって,黒ボク土の凍結時には,未凍土から凍土に向かう水分移動が生じた。
また凍土から数mm下方の土壌水分量は凍土の温度低下に伴っておよそ10%減少した。
黒ボク土は団粒構造を持っており,温度がおよそ0℃であっても団粒内間隙に50%程度の不凍水を保持可能であると考えられる。
そのため,黒ボク土が凍結する際には,団粒内間隙に存在する不凍水を介して未凍土層から凍土層へ水分移動が生じやすいと考えられた。
凍結した黒ボク土中の不凍水の吸引圧は,氷と水の相平衡理論によって導かれた一般化クラウジウス‐クライペイロン(GCC)式を用いて,
凍結温度から求められる。
また不凍水分量は,黒ボク土の水分特性曲線を用いて,不凍水の吸引圧から推定される。
GCC式では飽和土の凍結過程を仮定しているため,温度0℃において吸引圧が0(cm),すなわち土壌が飽和状態となる。
そのため,不飽和凍土中における温度と不凍水分量の実測値に対してGCC式を適用した場合,計算値は実測値の不凍水分量を過大評価した。
そこで著者は,温度0℃における不飽和水分量を正しく表現する修正GCC式を提案した。
修正GCC式を用いた場合,実測した不凍水分量と温度の関係をよく表現できた。
土壌凍結過程における水分移動シミュレーションでは,提案した修正GCC式を用いて未凍土から凍土層における水分移動を計算し,
計算値と実測値を比較した。
その結果,計算値は未凍土から凍土に移動した水分量を過大評価した。
これは,凍土中に発生する間隙氷によって水の流れが妨げられる効果のためと考えられた。
実際に凍土の透水係数を未凍土の透水係数の1/1000倍にした場合,計算値と実測値は良く一致した。
黒ボク土では,緻密な団粒内間隙中に発生する間隙氷が水流れを遮ることによって,
凍土の不飽和透水係数が未凍土の不飽和透水係数に比べて著しく小さくなると考えられた。
また凍土中の水流れの阻止効果は,間隙氷によって生じるため,土壌の含氷率と関連づける必要であると考えられた。
しかし,凍土の不飽和透水係数は報告例が少なく,また間隙氷を考慮した凍土の透水係数モデルはないのが現状である。
したがって,凍結時期における圃場中の水文学的な作用の把握には,
凍土の不飽和透水係数を推定するためのモデル構築が重要になると考えられた。
|