氏 名 さかぐち いわお
坂口  巌
本籍(国籍) 長崎県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第390号
学位授与年月日 平成19年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目 PHENOMENA AND MECHANISM OF LATENT HEAT TRANSFER IN SOIL
( 土壌中における潜熱輸送現象とそのメカニズム )
論文の内容の要旨

 土壌中における潜熱輸送のメカニズムとして,液島理論に基づいたものと土壌中での水の循環に基づいたものとが挙げられる. 前者は土壌科学において支持され,後者は工学において多孔質体中でのヒートパイプ現象として認知されている. 土壌科学の既往の研究において,前者に対する見直しを示唆する結果と,後者への支持を示唆する結果とが得られている.
 本研究は,土壌中における潜熱輸送のメカニズムの解明を目的とした.
 本論文は4章より構成され、その要旨を以下に示す。

 <第1章> 土壌中における熱輸送現象のなかで、潜熱輸送に関する既往の研究成果についてとりまとめるとともに、 その問題点を明らかにし、本研究の目的を示した。

 <第2章> 土壌の熱伝導率は,一般に温度上昇に伴い増大するが,砂の低水分域では温度の上昇によって低下する. この現象を説明するために砂と,カオリンを混合した砂とを用いて,熱伝導率と電気伝導度とを測定した. 熱伝導率は温度上昇に伴い,砂の場合,ある水分量までは低下した. カオリン混合下では,水分量によらず増大した. 相対電気伝導度は水分量の増加に対して,砂の場合ある水分量までは緩やかに上昇し,その後は変化しなかった. 一方カオリン混合下では,低温ほど急激に増大した. このため,砂の粒子間接点に入り込んだカオリンの水膜を通じて,水の連続性が増大したと考えられる. また相対電気伝導度は,両試料において,温度上昇に伴い低下した. このことは,水の橋と連続性とが,温度の上昇によって低下したことを示している. 温度上昇に伴い増大する潜熱輸送では,砂で得られた熱伝導率の温度依存性を説明できない. そこで相対電気伝導度の結果から,温度の上昇とともに水の橋による熱橋効果すなわち熱伝導が低下すると考えた. ゆえに砂では,熱伝導の低下量が潜熱輸送の増大量を卓越したために,熱伝導率が温度上昇に伴い低下したと考えられる. 一方カオリン混合下では,熱伝導の低下量を潜熱輸送の増大量が常に上回ったと考えられる. この潜熱輸送の増大を説明するために,液島理論に基づいたメカニズムの問題点を挙げつつ,これに代わる新たなメカニズムを提示した. また水の橋は,潜熱を輸送する一連の過程(凝縮・熱伝導・蒸発)が生じる,場の一部分であることを示した.

 <第3章> 土壌中での潜熱輸送が水蒸気とは逆向きの液状水の移動に依存しているならば,土壌はヒートパイプとして機能する. このことを実証するために,一次元の定常温度勾配下の土壌中での,熱流量,温度,水分量を測定した. 気圧の低下に対して,ある初期体積含水率θini 以下では,熱流量は変化せず,温度勾配は高温(低温)側で大きく(小さく)なり, 水分量は高温(低温)側で減少(増加)し不均一な水分分布が得られた. 一方θini 以上では,熱流量(潜熱輸送量)の増大,均一な水分分布,一定の温度勾配が得られた. 以上の結果からθini 以下では,不均一な水分分布から,熱伝導率は高温側で低下し低温側で上昇したと考えられる. これを打ち消すような温度勾配が形成されたことで,試料の熱流量は変化しなかったと考えられる. 一方θini 以上では,均一な水分分布と一定の温度勾配下で,熱流量は著しく増大した. 熱流量から得られた水蒸気フラックスは,均一な水分分布下においてより大きくなった. 定常状態下では,低温側へ向かう水蒸気フラックスと高温側への液状水移動量とがつり合っている. ゆえに,土壌中の潜熱輸送は水の循環に基づいており,ヒートパイプ現象と同義である. また,この液状水移動を考慮して,第2章で示したモデルを拡張した.

 <第4章> 土壌中の潜熱輸送のメカニズムは,主に土粒子表面の水膜での相変化を伴う,水の循環に基づいていることを示した. 潜熱はヒートパイプ現象として輸送され,この輸送量は土壌内に形成される水分分布と関連している. また,第3章の定常法から得られる熱伝導率と既往の非定常法による値とが概ね一致した. そのため非定常法によって示されている高温(減圧)下での熱伝導率の上昇は, 土壌がヒートパイプとして作動しているために生じていると考えられる. 加えて,両測定法による熱伝導率の一致は,高温側へ向かう液状水の移動速度がかなり大きいことを示唆している. 大気圧下での熱流量(第3章)と既往の研究とから,潜熱輸送は大気圧下においてもヒートパイプ現象として理解されるべきである. この現象を通じて,土壌中の水蒸気フラックスを表す際の現象論的係数β の意味を再検討した. さらに,既往の研究が示す塩類による潜熱輸送量の低下と塩類濃度の増加に伴うβ の低下とについて,言及した. 本研究で得られたヒートパイプ現象の応用例として,土壌を用いた熱輸送装置の開発が原理上可能であること, 既知の現象を別の視点から見直すことができることが挙げられる. 潜熱輸送量の増減を左右している初期体積含水率と初期気相率との物理的な意味, および高温側へ向かう液状水移動のメカニズムを明らかにすることで, ヒートパイプ現象としての土壌中での潜熱輸送についての理解が深まると期待される.