農業水利事業は土地改良事業の最重要の事業分野の一つとして,建設と管理の両面から,
車の両輪のように戦後の農業発展を支えてきた。
このシステムが現在に至るまで維持されてきた背景には,土地改良制度が整備され行政機関からの技術的・経済的支援により
農業水利施設の建設事業が進んだことや,土地改良区とムラやムラ連合的組織との重層的維持管理構造が維持・機能してきたことがある。
しかし,行財政や農業・農村を取り巻く厳しい情勢の中,将来ともこのシステムが維持・機能していくかは楽観視できない。
本研究は,農業水利施設の建設・管理事業について,宮城県江合川水系の大崎土地改良区とその受益地にある下中目一ムラを対象に,
特に重要な3問題を具体的な事例に即して分析・検討し,
建設・管理システムを機能させていくための各種施策の計画・実施に資すことを目的とする。
(1) 農業水利施設の戦後の事業による展開過程とその分析について
大崎土地改良区の受益区域では,戦後の災害復旧事業で取水施設の機能回復のための改修が行われたが,機能の高度化には至らなかった。
その後,多目的ダム(鳴子ダム)の建設により農業用水の需給が大幅に緩和された。
大堰では災害復旧から11年後,ゲートの電動化等の施設機能の高度化が行われ,その20年後,
ほ場整備による用水量増や用水再編に対応した農業専用ダムの建設とそれに対応した水路改修等が行われた。
このように,施設整備が展開し農業用水の需給が改善されてきた背景には,戦後の農地改革により農民らの事業への実施意欲が高まったことや,
行政機関の公的支援等に係る制度面での充実がある。
行政機関の公的支援が事業の企画から建設,管理に至る段階で牽引的役割を果たし,
これにより建設・管理事業がシステムとして機能してきたと言っても過言ではなく,
その果たしてきた役割を踏まえ今後の公的支援の重点化等を検討していく必要がある。
(2) 農業水利施設の管理主体である土地改良区の合併・再編の問題点とその解決策について
農業水利施設管理の担い手である土地改良区は,農業を取り巻く厳しい状況により組合員数・受益面積が減少し運営基盤が弱体化しつつある。
運営基盤強化の有力な手段として土地改良区の合併があり国や県は施策として推進している。
大崎土地改良区の合併の際に課題となった事項のうち合併時に解決されたのは,名称,本部事務所の位置,
総代・理事数,職員の処遇であり,所有資産,経常賦課金,管理区域及び管理費負担は合併後一定の期間をかけて解決された。
職員処遇の差や所有資産の帰属問題など,将来に禍根を残す恐れのあるものは,一時金や借入金等を充ててでも合併時に処理しておくのが望ましく,
経常賦課金や管理区域及び管理費負担は合併時にあまり厳しい対応をとると合併そのものが破綻しかねないことから,
時間をかけて合意形成を図るなどの柔軟な対応が望ましいことがわかった。
(3) 基底的水利組織としてのムラの実態と諸機能について
下中目一ムラの活動には,行政の末端機構としての仕事と,江戸時代以来の多くのムラ仕事があり,
ムラの機能は非常に多岐にわたっていることがわかった。
農業水利施設の維持管理作業はムラ仕事の一つだが,水田灌漑という目的が明確なため農家だけの仕事となっており,
土地改良区から作業役務の要請がある一方,ムラのルールにより共同作業を実施していることが再確認された。
また,ムラの従来の慣行を壊さず将来も水利資源を保全していくためには,
維持管理の実態を解明し状況に応じた柔軟な対応をとることが必要である。
土地改良区を中心とした日本の灌漑管理は参加型灌漑管理の模範であるとして海外からも評価されており,
開発途上国への日本の農業開発協力の重要な分野となりつつある。
本研究で明らかにした内容は,農業水利施設の維持管理問題だけでなく,国際協力分野の参考にもなるものと考える。
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