食品の匂いは「美味しさ」を決める重要要素であり,製品の風味を向上させるために香料が使用されることが多い。
消費者の食に対する安全・安心志向により合成香料は敬遠されて天然香料が好まれる傾向にあるために,
加工食品製造業界では天然香料が求められている。
そこで,本研究では西洋ナシ(ラ・フランス)の香気成分をサイクロデキストリン(CD)で保持した粉末状香料素材の開発を試みた。
α-,β-,γ-CDのうち,ラ・フランス香気成分の保持に最も適したCDを特定するために,CDと脂肪族酢酸エステル類(ラ・フランス香気の主成分)との
親和性を比較した。
次に,ラ・フランス果汁を用いて同様の試験を行い,CDとラ・フランス香気成分との相互作用の有無を確認した。
さらに,CDを賦形剤に用いて粉末化ラ・フランス果汁を調製し,これに保持された香気成分の量および香気成分の放出挙動を検討した。
最後に,1H-NMR分析によりCD-脂肪族酢酸エステル複合体の構造を解析した。
α-,β-,およびγ-CDと脂肪族酢酸エステル類との複合体形成能は,供試した全ての脂肪族酢酸エステルについてα-CD>β-CD>γ-CDであった。
また,全てのCDは疎水性の高い脂肪族酢酸エステルとより多くの複合体を形成した。
α-CD,β-CDをラ・フランスのペーストに溶解したところ,ヘッドスペースガスの脂肪族酢酸エステル類,
アルコール類およびヘキサナールの濃度が低下した。
2-メチル-1-ブタノールを除き,ヘッドスペースガス濃度はα-CDで大きく低下した。
ラ・フランス果汁にα-CD,β-CD,マルトヘキサオースまたはマルトヘプタオースを添加して粉末化ラ・フランス果汁を調製したところ,
α-CD区で最も多くの脂肪族酢酸エステル類が保持された。
粉末化ラ・フランス果汁(α-CD)の水溶液は脂肪族酢酸エステル類を徐放した。
α-CD-酢酸ブチル複合体およびα-CD-酢酸ヘキシル複合体を1H-NMR分析(回転座標系NOE相関二次元スペクトル法)した結果,
これらはエステル分子がCD分子の空洞内部に包接された構造であると思われた。
ラ・フランスの「香気モデル」(ラ・フランス香気の主要6成分を調合して調製)に賦形剤を加えて粉末化し,
これらの香気成分保持機構を検討した。
保持された香気成分の組成および粉末粒子断面の電子顕微鏡観察結果から,これらの香気成分保持機構を考察した。
また,粉末化ラ・フランス香気モデルの熱安定性および2種類の賦形剤を混合して使用した時の香気成分保持に対する影響を検討した。
噴霧乾燥法で調製したラ・フランス香気モデル粉末のメジアン径は8.34~9.67μm,水分含量は4.34~5.35%(w/w)であった。
α-CD,アラビアガム(以下GA)および高度分岐環状デキストリン(以降,HBCDと略記)区では,
噴霧乾燥法よりも凍結乾燥法で多くの香気成分を保持した。
α-CD区では,GA,SSPSおよびHBCD区と比較して,保持された酢酸プロピルおよび酢酸ブチルの割合が低く,
酢酸ヘキシルの割合が高かった。
ラ・フランス香気モデル粉末断面の電子顕微鏡観察結果から,α-CDでは香気成分は主に包接複合体として保持され,
GA,SSPSでは微細な液滴として粉末の壁中に保持されると推察された。
α-CDとGAを混合して賦形剤としたところ,香気成分の保持量は大きく低下した。
α-CDおよびGAで調製したラ・フランス香気モデル粉末は,窒素ガス気流下において加熱処理(40,80,120℃×60分間)に対して安定であった。
α-CD,GAおよび食品の粉末化基材として産業的に広く用いられているデキストリンを賦形剤に用いてラ・フランスを粉末化し,
各々に保持された香気成分量を比較した。
α-CD区では,GA区の約2.2倍,デキストリン区の約2.3倍量の香気成分を保持した。
測定した14成分のうち,ペンタノールを除く全ての成分がα-CD区で最も多く保持された。
α-CD区ではGAおよびデキストリン区の2倍以上のエタノール,ブタノールを保持した。
α-CD区ではGAおよびデキストリン区の約2~3倍量の酢酸ヘキシルを保持し,約3倍量の酢酸ブチルを保持した。
ラ・フランスの粉末化加工における酢酸ブチルおよび酢酸ヘキシルの保持率は,それぞれα-CDで85.6%および95.7%,
GAで24.9%および25.4%,デキストリンで30.3%および50.6%であった。
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