氏 名 いしぐろ たかひろ
石黒 貴寛
本籍(国籍) 秋田県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第385号
学位授与年月日 平成19年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 大豆中フィチンの食品加工学的特性解明
( Characteristics and properties of phytate in soybean on food processing )
論文の内容の要旨

 大豆は多くの機能性を持ち、栄養価に優れた穀物であり、この大豆を用いて様々な食品が開発されている。 その中でも豆腐は古くから食生活になじみ、よく食されてきた食品である。 この豆腐の品質は、その硬さなどの物理化学的な性質に依るところが大きい。 豆腐の物性に影響する大豆中成分のひとつとしてフィチン(イノシトール六リン酸)があげられている。 本研究は、フィチンの迅速定量法の開発、大豆中フィチン含量の変動、大豆中フィチン含量の豆腐品質に与える影響の解明を目的として行われた。

 これまでのフィチン定量法として、鉄結合法やHPLC法などが報告されているが、分析工程や抽出法が複雑で、操作に時間のかかるものが多い。 本研究では、カルシウムを用いた沈殿回収によるフィチン抽出法を2種類開発し、赤外分光法や、分解後のリン酸量の測定に繋げることで、 フィチンの迅速定量法を開発した。 これらの方法を用いて、多数の試料中のフィチン含量測定が短時間で可能となった。 また、これらの測定法は理論上、大豆製品のみではなく、他の食品にも応用可能であり、多方面での活用の可能性がある。

 大豆栽培環境の違いのひとつとして、水田転換畑(旧水田地)を取り上げ、フィチン含量の変動を調べたところ、 今回調べた27品種のうち、12品種において水田転換畑生育でフィチン含量が有意に高くなっていた。 このことから、大豆中フィチン含量の変動は、遺伝的な要因と栽培環境要因の両方に影響されることが分かった。

 豆腐の硬さにはタンパク質の量だけではなく存在形態も重要な因子であることが指摘されており、 また大豆タンパク中のフィチンの存在は、タンパク質の物理化学的な性質に影響を与えると考えられている。 そこで、豆乳中フィチンのタンパク質への結合、豆乳中タンパク質の形態について調べた。 豆乳中のフィチンのおよそ40%が可溶性タンパク質に結合しており、この結合は、カルシウムやマグネシウムを介していることが推定された。 豆乳中の可溶性タンパク質には2種類の会合体が見出され、分子量はそれぞれ200万と60万と推定された。 200万の会合体の量は、タンパク質の組成に大きく影響され、7S(・、・'サブユニット)が多い豆乳ほど、 200万の会合体も多くなる結果となった。 また、フィチン含量の高い豆乳では、分子量100万の会合体が形成されることが分かった。 これらの結果から、豆乳のフィチン含量やタンパク質組成は、豆乳中可溶性タンパク質の形態に影響することが明らかとなった。

 次に、豆乳から豆腐が形成される過程において豆腐カードへのフィチンの取り込みと、そのメカニズムについて調べた。 その結果、豆乳に対して塩化カルシウム(凝固剤)を添加することで、可溶性タンパク質から新たな粒子タンパク質が作られ、 その際にフィチンも粒子に結合していくことが分かった。 さらにカード形成が進むと凝集が起こり、豆乳中フィチンの大部分が凝集に取り込まれることが分かった。 一方で、pH低下による凝集を観察したところ、可溶性タンパク質から新たな粒子タンパク質が作られ、 さらにpHが下がると凝集が起こる点はカルシウム添加の場合と一致していた。 しかしながら、pH低下による凝集の場合は、フィチンの粒子タンパク質への結合や凝集への取り込みはほとんど見られなかった。 このことから、凝固剤にGDLを用いた豆腐では、カルシウム・マグネシウム塩を用いた豆腐よりも カードに結合したフィチン量が少ないことが分かった。

 フィチンは金属イオンキレート作用、pH緩衝作用を持つことから、豆腐調製のための凝固剤との相互作用を持つことが考えられている。 そこで、塩化マグネシウムを用いてフィチン濃度の異なる豆乳から豆腐を調製し、その必要な凝固剤量の変化を調べたところ、 フィチン濃度が高い豆乳ほど豆腐形成のために、より高い塩化マグネシウム濃度を必要とした。 さらに、フィチン含量の異なる豆乳を用いて、それぞれの豆乳より最適凝固剤濃度で調製した豆腐についての物性値を調べ、 フィチン含量の豆腐物性への影響について検討した。 その結果、フィチン含量の多い豆腐では、破断ひずみの減少に伴う破断強度(硬さ)の低下、粘性の増加が認められ、 フィチン含量が豆腐の物性に影響することが明らかとなった。 また、凝固剤にGDLを用いた豆腐も調製し、フィチン濃度の最適凝固剤濃度への影響とその要因について検討した。 GDLにおいても、豆乳中フィチン濃度が高いほど最大の破断強度を与える凝固剤濃度、つまり最適凝固剤濃度が高くなることが示された。

 各豆腐のpHは、フィチン濃度の高い豆腐ほどpHが高く、pHの低下が抑えられていることから、 フィチン濃度の増加によってGDLの必要量が高まる要因のひとつとしてフィチンのpH緩衝作用が関わっていることが示唆された。 さらに、フィチンは豆乳中タンパク質の見かけの等電点を酸性側にシフトさせることが分かり、 これらの要因によってフィチンがGDLの必要量と、豆腐製品のpHに関わっていることが考えられた。