氏 名 つわもと りょう
津和本 亮
本籍(国籍) 滋賀県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第382号
学位授与年月日 平成19年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 セイヨウナタネ(Brassica napus )雄性発生関連遺伝子の網羅的探索と機能解析
( Isolation and functional analysis of genes specifically expressed during androgenesis of Brassica napus L. )
論文の内容の要旨

 未熟花粉である小胞子を培養することで直接不定胚を再生し、半数体植物を得る小胞子培養系は、 効率的に半数体を作出する技術として知られているが、その分子生物学的機構の大部分は未解明である。 本研究は、セイヨウナタネ(Brassica napus )雄性配偶子からの不定胚形成に関する分子機構を解明するため、 逆遺伝学的手法による解析を行ったものである。 先ず B. napus 雄性発生時特異的遺伝子の網羅的探索を行い、次にそれら遺伝子の機能をシロイヌナズナ (Arabidopsis thaliana )相同遺伝子の変異体解析および異所的発現の手法を用いて行った。

 第一章では、B. napus 雄性発生系を制御する遺伝子を単離するため、suppression subtractive hybridization法による遺伝子探索を行った。 その結果、高温処理4日目の小胞子(不定胚誘導小胞子)に特異的な136ESTsおよび球状胚特異的な112ESTsをそれぞれ単離し、 各遺伝子のカタログ化を行った。 これらの中から選択したESTsについて、雄性発生時および受精胚形成時における発現をreal-time RT-PCRにより解析し、 選択したESTsのほとんどが雄性発生時、受精胚形成時において特異的に発現することを明らかにした。

 第二章では前章で単離した高温処理4日目の小胞子において高度に発現するレセプターキナーゼ遺伝子Bnms4D-82について、 そのシロイヌナズナにおける二つの相同遺伝子GASSHO1 (GSO1 )、GSO2 と、T-DNA挿入変異体を用いた解析を行った。 その結果、GSO1GSO2は主に胚を含む器官で発現し、二重変異体は胚の異常屈曲、子葉同士の接着、胚軸矮化、 子葉表層に位置する表皮細胞の伸長阻害、気孔の増加と異常分布、乾燥弱性、および透水性の増大と、多面的な変異を示し、 その変異は胚および実生に限られていた。 これらの多面的な変異は何れもクチクラの欠損に起因することが予想され、本遺伝子は胚形成時のクチクラ形成に関する、 局所的なシグナル伝達経路に関与すると推察された。

 第三章では、第一章で単離した球状胚で高度に発現する遺伝子BnGemb-58の機能を推定するため、 シロイヌナズナの相同遺伝子であるEMBRYOMAKERAtEMK )を利用した異所発現個体の作出とその解析を行った。 AtEMK は種子内の胚本体、特に心臓型胚から子葉胚までの間で発現しており、この発現は種子の吸水後に迅速に消失し、 吸水開始より2日後にはほぼ完全に失われたが、GA合成阻害剤の処理は、AtEMK の消失を著しく阻害した。 AtEMK のT-DNA挿入変異体は表現型変異を示さなかったが、AtEMK 全身発現個体は子葉先端部から胚様体形成を誘導し、 この胚様体が胚としての特徴、すなわち、未分化の小細胞で構成され、頂端、根端の分裂組織を有し、 内部で胚特異的遺伝子群が発現していることから、AtEMK が胚形成の中心的因子である可能性が示唆された。 また、AtEMK 全身発現個体における不定胚形成の浸透率(度)は外生オーキシンにより上昇することから、 その機能はオーキシンにより仲介される可能性が示された。

 第四章では、第一章で単離したESTsのうち、第二章および第三章で解析した二つを除く残りのESTsについて、 シロイヌナズナ相同遺伝子のT-DNA挿入変異体を用いた表現型解析を行い、種子形成後期に黄色の致死胚珠を生ずる変異体yod を見出した。 この致死胚珠内の胚は胚形成後期において成長が幾分、遅延するものの形態的には正常である一方、 胚珠培養により得られたyod ホモ個体由来の胚はより早期に、著しい細胞崩壊を伴う胚致死を示した。 この結果は、YOD が胚本体に加え、その周辺器官においても機能することを示唆するものである。 さらに、yod ホモ個体では雌蕊の異常に由来する不稔性や花粉の形態異常や葯の裂開遅延が観察され、 雄性および雌性の生殖器官においてもYOD が機能する可能性が示唆された。 また、YODは葉緑体内のスプライシングに関与するCRS1ドメインを含んでおり、CRS1同様、葉緑体へ局在する可能性が示されたが、 葉緑体内におけるスプライシングへの関与を証明するには至らなかった。

 以上の様に、本研究で行った小胞子からの不定胚形成に関する分子機構の解析、とりわけEMK 遺伝子の発見は、 基礎的には細胞の発生分化機構の解明、実用的には雄性発生系の品種間差を克服し、植物育種一般に広く貢献することが期待される。