氏 名 シン インスン
申  仁先
本籍(国籍) 韓国
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第381号
学位授与年月日 平成19年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目  Study on the physiological role of glycosphingolipid globotriaosylceramide in mammalian cells
( 哺乳類細胞における糖脂質グロボトリアオシルセラミドの生理的 役割に関する研究 )
論文の内容の要旨

 スフィンゴ糖脂質はセラミドに糖鎖が結合した両親媒性分子であり、全ての脊椎動物の細胞に存在し、 細胞の分化や増殖あるいは接着の調節・制御にも関与すると考えられている。 グロボトリアオシルセラミド(Gb3)はこれまで2つの点でよく知られている糖脂質である。 まず、Gb3は、病原性大腸菌O157が産生する毒素Shiga toxin (Stx)の細胞膜レセプターとなる。 Stxが細胞内へ取り込まれる際、Gb3に結合することが重要で、細胞表面のGb3量とStxによる細胞障害性との間の密接な関連性が示唆されている。 また、Gb3は遺伝的酵素欠損症であるファブリー病の患者組織において顕著に蓄積し、機能障害を引き起こし、重篤な臨床症状の原因となっている。 しかし、Gb3が組織に蓄積することにより引き起こされる機能障害の機構についてはほとんど明らかにされていない。
 このようにGb3は人の健康に深く関わる糖脂質であるが、その生理的役割については不明な点が多く残されている。 そこで本研究では、まず細胞内Gb3量を正確に測定する方法を確立し、次にGb3量と細胞機能との関係を調べ、 哺乳類細胞におけるGb3の役割を検討した。 本論文は序章と終章の他、第1章から第3章で構成されている。

[第1章] 新規グロボトリアオシルセラミドの定量法の確立
 Gb3の定量法は、すでにLC/MS/MSやMOLDI-TOFといった高度な分析装置を用いたものやTLC/オルシノール染色法や ELISA法などの簡便法が知られている。 今回私はヒスチジンタグを付けたStxのBサブユニット(1B-His)を用いることで、より簡便で選択性の 高いGb3定量法(1B-His binding assay法)を確立した。 定量は再現性も良く、HeLa細胞のFolch下層画分に含まれる成分を用いた実験からGb3に対して特異的であり、 他の脂質成分の影響をほとんど受けないことを証明した。 この1B-His binding assayはGb3の定量の他、Stxの結合阻害剤のスクリーニング系としても応用可能であることを示した。

[第2章] HeLa細胞クローン化によるGb3含量の異なる細胞株の選別とStxによる細胞毒性とGb3 合成酵素発現レベルとの相関性の検討
 まず限界希釈法によってHeLa細胞をクローン化し、29株を分離した。それらHeLa細胞株についてGb3量、Stxに対する感受性を検討した。 Gb3含量の高い株、低い株、中程度の株など様々で、高い株では低いものの約10倍高いGb3量が検出された。 次にStx1とStx2の細胞毒性を検討した。 HeLa細胞では両毒素の細胞毒性に違いはなく、いずれの毒素もGb3含量に対応した細胞毒性が認められた。 さらに、HeLa細胞のGb3含量はGb3 合成酵素の発現レベルとよく相関していた。 これらのことから、StxのHeLa細胞に対する毒性はGb3含量に依存しており、そのGb3含量は主にGb3 合成酵素の 発現レベルによって規定されると考えられる。

[第3章] クローン化されたHeLa細胞のGb3含量とERストレス反応との相関性
 Gb3の生理的役割を理解するため、3章ではGb3含量が高いHeLa細胞と低いHeLa細胞を用いてERストレスに対する反応性を比較検討した。 tunicamycin (TM)や熱処理などのERストレスを与えるとHeLa細胞は細胞死を起こした。 特に熱処理においてGb3含量が高いHeLa細胞はGb3含量が低いものに比べ、顕著に高い生存率が認められた。 このとき分子シャペロンであるBiPは、Gb3含量が低いHeLa細胞においては熱処理6時間後に含量の増加が認められた。 さらに、Gb3含量が低いHeLa細胞においてはERストレスによりGb3含量が1.5-2倍増加することが確認された。
 これらの結果から、哺乳類細胞におけるGb3はERストレスに対して細胞を保護する役割を持つと考えられ、Gb3の新たな生理的役割が確認された。

 本研究で得られた成果は、今後感染症予防やストレスに対する抵抗性を増強するための素材の開発やスクリーニングにおいて 有益な情報と研究材料を提供することになると考えられ、さらに食品の機能性を考える上でも大きく寄与しうると考えている。