氏 名 まつた よしひろ
松田 義弘
本籍(国籍) 山形県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第377号
学位授与年月日 平成19年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 清酒醸造用酵母の高香気生産性変異の解析と各種果実からの香気生産性酵母の分離及び遺伝子資源としての有用性の検討
( Genetic analysis of high flavor productivity in a sake yeast, isolation of flavor producing wild yeasts from fruits and study on the availability for gene resources. )
論文の内容の要旨

 清酒用日本醸造協会9号酵母(K9株)を親株とする高香気性変異株であるYK2911株の酢酸 イソアミル高生産性に関与する遺伝子の特定を試み,LEU4 遺伝子が大きく関与していることを明らかにした。 K9株とYK2911株でLEU4 遺伝子の塩基配列を比較したところ,YK2911株には全1860塩基のORFの内の1547番目の グアニンがアデニンに置き換わった1塩基変異が認められ,LEU4蛋白質であるα-イソプロピルリンゴ酸シンターゼの 全619アミノ酸残基の内の516番目のグリシンがアスパラギン酸に置き換わっていると推定された。 また,LEU4蛋白質の立体構造予測を行ったところ,このGly516Aspの置換でα-イソプロピルリンゴ酸シンターゼへの ロイシンの結合が立体障害を受けるため,ロイシンによるフィードバック阻害が解除され, その結果前駆体であるイソアミルアルコールの生産が高まり,結果として酢酸イソアミルの生産が増進されるものと考えられた。 ヘテロデュープレックス解析ではYK2911株におけるLEU4 遺伝子変異は染色体アレル上の片方のみに起こったヘテロ型変異であることがわかった。

 YIp型プラスミドを用いてYK2911株のLEU4 遺伝子をK9株の染色体に組み込んだ形質転換株を作製し, 実際の清酒醪を模した低温長期の発酵試験を行った。 この染色体組込み型形質転換株は,染色体に組み込まれないYCp型プラスミドによる形質転換株と比較して酢酸イソアミル生成量が大幅に増加し, YK2911株のLEU4 遺伝子の遺伝子資源としての有用性が認められるとともに,染色体組込み型形質転換株を実用酵母として 実醸造へ使用する可能性が出てきた。

 一方,酒類の香味の質の多様性の面からの広がりを求めて,新たな遺伝子資源としての観点から自然環境中から新たな酵母株を分離し, 清酒やビールを醸造する試みを行った。 本研究では香気生成と発酵を指標にして,低pHとそれに続くアルコール存在下の2段階の集積培養によりサクランボ果実から S. cerevisiae に属す香気生産性の有用酵母の分離を試みた。 香気生成と発酵が認められた集積培養について,SSU rDNA 断片のPCR-TGGE解析を行い,効率的にS. cerevisiae を選抜して分離する方法を確立した。

 この方法を用いて他の果実(ラフランス,リンゴ,ヤマブドウおよびアケビ)についてもS. cerevisiae の集積と分離を試み, ラフランスとリンゴの果実から計13株のS. cerevisiae 菌株を分離した。 更に香気生成と発酵が認められた集積培養からS. cerevisiae 以外の香気生産性酵母26菌株を分離し, SSU rDNA のPCR-TGGE解析とLSU rDNAのD1/D2領域配列の比較を基にして,10菌種を同定した。 その内訳は,Saccharomyces 属2種,Hanseniaspora 属1種,Candida 属2種及びPichia 属4種と接合菌類のMucor属1種であった。 S. cerevisiae 菌株を含め,分離菌株のほとんどは糖発酵性と炭素源資化性がThe Yeast(1998)による記載と一致したが, 一部の菌株は完全には一致しなかった。

 13菌株のS. cerevisiae 野生株について,香気生産特性に関して主成分分析を行うとともに, LEU4 遺伝子とSSU rDNAの各塩基配列による系統解析で菌株相互の関係を見たところ, 香気生産特性における菌株間の関係とLEU4アミノ酸配列による菌株間の系統的関係が良く対応し, 高級アルコール生産へのLEU4 遺伝子の関与が大きいことが示された。 またLEU4アミノ酸配列による系統的関係はSSU rDNA配列による系統的関係に良く対応しており, これは分離源である果実ごとに僅かに変異した菌株が分離されてきたことを示していた。

 S. cerevisiae 以外の野生酵母分離株についても香気生産特性に関して主成分分析と行うとともに, LSU rDNAのD1/D2領域による系統解析を行った。 その結果,多様な香気生産性酵母株が分離され,本研究で採用した集積培養法の有効性が示された。 Hanseniaspora uvarumがサクランボとヤマブドウから分離された以外は,果実ごとに異なる菌種が分離された。 特にイソアミルアルコールを高い割合で酢酸エステル化するPichia fermentansPichia kluyveri の各菌株をはじめ, 特徴ある香気生産を示す遺伝子資源として有望な菌株が分離された。

 サクランボ果実からのS.cerevisiae 分離株による清酒の小仕込み試験では,清酒酵母K7株を用いた場合とは, 香気成分や有機酸成分の組成が異なるものの,実醸造に使用可能な菌株が得られたことが判明した。 分離株の内から,有色米である紫黒米を原料とした清酒製造に適した1菌株を選抜し,小仕込み試験を行って紫黒米仕込み醪の配合を検討し, 留掛のみを紫黒米仕込みとする配合とリパーゼ剤による紫黒米由来オフフレーバーの抑制処理による仕込み条件を確立した。 この仕込み条件でのパイロット仕込みでは,官能評価でも良好な生成酒が得られた。 今回のS. cerevisiae 野生株は優良酵母として,また醸造における新たな遺伝子資源としても,評価される可能性が大いに考えられた。