氏 名 すずき だいすけ
鈴木 大典
本籍(国籍) 宮城県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第375号
学位授与年月日 平成19年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 沿岸性海洋堆積物中の嫌気的有機物分解に関わる硫酸還元細菌群集の系統および生理的機能に関する研究
( Phylogeny and physiological functions of sulfate-reducing bacterial communities involved in anaerobic decomposition of organic matter in coastal marine sediment )
論文の内容の要旨

 硫酸還元細菌(以下、SRB)は、水圏堆積物のような無酸素環境に広く分布し、H2や多様な有機物を 電子供与体基質として酸化し、電子受容体基質として硫酸塩を硫化物まで還元してエネルギーを得る偏性嫌気性細菌である。 特に海水には高濃度で硫酸塩が溶存しているため、SRBが沿岸性海洋堆積物における嫌気的有機物分解において重要な位置を占めている。 本研究では、酒田港堆積物より、乳酸塩を電子供与体基質としたSRB用培地を用いた嫌気性ロールチューブ法に基づくコロニー分離を 経て分離された12菌株と、乳酸塩またはプロピオン酸塩を電子供与体基質としたSRB用培地を用いた集積培養を経て分離された 各2菌株のSRB株について、その系統的位置付けと表現型の特徴を調べ、沿岸性海洋堆積物中に生息するSRBの多様性と嫌気的有機物分解や 硫黄循環におけるその生態学的役割を検討するとともに、新規SRB種の記載を行い、以下の結果を得た。

(1) 16S rRNA遺伝子塩基配列に基づいた系統解析では、全分離菌株がDeltaproteobacteria 綱に配属され、 これらは全部で6つの系統グループに分けられた。 異なる電子供与体基質と分離方法を用いることによって、系統的に多様なSRBを一箇所の堆積物中から分離・培養することができた。 各系統グループの代表菌株は全て不完全酸化型SRBであったが、分離菌株毎に増殖条件や基質利用性の範囲および各基質における 比増殖速度などの生理的性質はそれぞれ大きく異なっており、SRBの各グループは堆積物中において、 有機物分解と硫黄循環においてそれぞれ異なる独自の機能を果していることが示された。

(2) 希釈コロニー計数培養分離株のうちで新規のSRB種の可能性が強く示唆された菌株については、 その記載を目的にさらに化学分類学的特徴付け等を行い、その特徴を近縁種の特徴と総合的に比較した。
 MSL86株と最近縁種の'D. catecholicum 'との16S rRNA遺伝子塩基配列の類似性値は94.4%と低く、両者の形態、 最適温度、基質利用性範囲や化学分類学的特徴等も大きく異なっていた。 MSL86株は他の近縁種ともその特徴が大きく異なっていたため、MSL86株を基準菌株として新属・新種の Desulfopila aestuarii を記載し、 公表した(主論文1)。
 MSL71株と最近縁種との16S rRNA遺伝子塩基配列の類似性値は93.9%と低く、最適温度、基質利用性範囲および 化学分類学的特徴も大きく異なり、MSL86株と同様に新属・新種のSRBと考えられた。今後、本菌株を基準菌株としてその記載を行う予定である。
 MSL79株の形態や化学分類学的性質を含む表現型は Desulfovibrio 属の種の特徴を示したが、 最近縁種との16S rRNA遺伝子塩基配列の類似性値は約95%と低く、最適増殖条件や基質利用性範囲も異なっていたため、 本菌株は Desulfovibrio 属の新種と考えられた。

(3) 同様に集積培養分離株についても特徴付けを行った。 Pro1株とPro16株はほとんど同じ生理的、化学分類学的特徴を示し、両菌株の16S rRNA遺伝子塩基配列に基づく最近縁種も 類似性値が約95%で Desulfobulbus mediterraneus だった。 両菌株は Desulfobulbus 属の種と同じ形態や生理的および化学分類学的特徴を有していたが、 この属のどの種ともその特徴のいずれかが異なっていた。 Pro1株を基準菌株として新種の Desulfobulbus japonicus を記載し、公表した(主論文2)。
 MSL10株とMSL15株はほとんど同じ生理的特徴を示し、両菌株の16S rRNA遺伝子塩基配列に基づく最近縁種は類似性値が約99%で Desulfovibrio acrylicus だった。 両菌株の特徴は D. acrylicus のそれと概ね一致したため、両菌株を D. acrylicus と同定した。

(4) 分離菌株について異化的亜硫酸還元酵素(DSR)のαサブユニットとβサブユニットをコードする遺伝子(dsrAB )に基づく系統解析を行った。 dsrAB 特異的プライマーによるPCR増幅により、試験した分離菌株の全てから目的サイズの増幅産物が得られた。 このうち9菌株についてDSRのαサブユニットをコードする遺伝子の部分塩基配列を決定し、アミノ酸配列を推定した。 その最近縁配列はいずれも既知種のSRBのDSRのもので、同一性値は76.2~97.8%の範囲だった。 この部分アミノ酸配列に基づく各菌株の系統的位置は16S rRNA遺伝子塩基配列に基づくものと基本的に一致した。

 以上のように本研究では、SRBの分離菌株を用いて沿岸性海洋性堆積物中のSRB群集の構造を系統および生理的性質の両面から検討し、 SRBの各系統グループの生態学的役割を明らかにした。 さらに複数の新規系統のSRB株を発見し、それらを新属・新種または新種として記載するなど、SRBの系統分類学上における 重要な知見を得ることができた。