氏 名 おおにし ちえ
大西 千絵
本籍(国籍) 愛媛県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第373号
学位授与年月日 平成19年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物生産科学専攻
学位論文題目 農産物直売活動における現代の「市」の役割と可能性
( Function and Potentiality of Modern"Markets"as Agricultural Products' Direct Marketing )
論文の内容の要旨

 現在,我が国の食と農をめぐる状況は,生産と消費の距離の拡大,それに起因する安心・安全に関するいくつかの問題の発生, 食料自給率の低迷などで非常に厳しい状況にある。加えて農産物価格の低迷は農業者に大きな衝撃を与えている。 この混迷下で生産者と消費者を直接結ぶ農産物直売活動が注目され,一部に最も伝統的な方法である「市」を活用した新たな取り組みがみられる。

 本論文では,この「市」を活用した取り組みに注目し,伝統的なものとは区別して現代の「市」として捉え,それが現代の食と農, 人と社会に対してどのような貢献を成すことができるのかに着目し,現代の大量・広域流通と地域内流通とをめぐる諸議論を視野に入れながら, 「市」の現代の農産物流通における位置付け,特徴,展開過程や戦略,そして現代的意義について明らかにしてきた。

 第1章では,農産物流通における「市」の位置付けを行うとともに,農産物直売活動における「市」の特徴を明らかにした。 「市」は市場外流通の中でも生産者主導型,地産地消型と位置付けられた。 そして「市」は,フレキシブルな存在である点,生産者と消費者との間に双方向コミュニケーションがある点に特徴があった。 さらに,「市」は農産物流通の時間的,空間的,人的距離を縮小するが,その際,流通段階を縮小するだけではなく, 安心感や相互理解といった心理的な距離も縮小すると考えられる。 そこで,流通段階に加え,Bogardusの社会的距離の概念を含めた距離を生産者と消費者との「距離」と定義した。

 第2章では,山形県内のすべての「市」と直売所を対象としたアンケート調査をもとに,「市」と直売所の比較を通じて, その相違点を明確にした上で,販売活動の主体に着目し,生産者と消費者との「距離」について分析を行った。 その結果,「市」は都市進出型,女性中心小規模生産者販売型,地域内農産物販売型,近隣高齢層来客型という性格を有していること, 生産者と消費者との「距離」が縮小することにより両者の間に直接的な販売チャネルの拡大が期待できることを解明した。

 第3章では,「市」を販売活動の主軸にして活動する山形県金山町のJA金山夢市グループを事例とし,グループのメンバーと関係者への 聞き取り調査,および文献と統計資料の整理をもとに「市」の特徴と,「市」における生産者と消費者との「距離」を活かした「市」の 展開過程とその戦略について分析した。 夢市グループは複数カ所で「市」を開催し,開催日,開催時間,開催規模をフレキシブルに変え,労働力不足を補うために 当番制を導入するなど,実に柔軟な対応を行い,「市」の持つ特徴を活かした活動を行い,高い成果を上げていた。

 第4章では,夢市グループ参加農家への聞き取り調査,および文献と統計資料の整理もとに,「市」参加農家の販売チャネルの 拡大過程を明らかにし,どの段階でどのような意義があったかを解明した。 「市」活動に参加することによって,各農家は「市」という販売チャネルを獲得するだけではなく, それを介して段階的に販売チャネルを拡大しうるという可能性を有していることを明らかにした。 また,各農家の販売チャネルが拡大するにしたがって,経済的意義のみならず,経営内部への効果,経営外部への影響が見られ, その過程の中で「市」参加農家は「市」を自らの経営の中に戦略的に位置付けていた。

 第5章では,消費者の視点から見た「市」と直売所の利用状況,交流状況,交流に対する意識, そして交流の有無と販売チャネルの拡大との関係について分析した。 まず,「市」は定期的な利用,直売所はレジャー的な利用が多いことを明らかにした。 交流に対する意識については,消費者が交流と購入のどちらに重きを置いているかについて明らかにした。 さらに,生産者が販売活動の場にいれば,「市」であれ直売所であれほぼ同程度の交流が見られるが,生産者と消費者とが会話する場合, 販売チャネルが形成される割合が高くなることを明らかにした。

 そして,これらの結果から,現代の「市」は混迷した食と農をめぐる状況を変え,今後も生産者と消費者をつなぐ重要な役割を担い, 今後はその重要性を増すものと確信する。