ウシ発情周期に伴う卵胞発育、排卵、黄体形成などの卵巣動態の変化は、下垂体からのゴナドトロピン(FSH・LH)、
卵胞からのエストラジオール(E2)および黄体からのプロゲステロン(P4)を主とした、内分泌動態の変化により制御されている。
一方、近年の報告では卵胞または黄体の血管系(血管新生および血管機能)が卵巣機能の調節に重要であることが明らかとなっている。
本研究では、ウシ発情周期中の内分泌環境の変化に伴う卵巣動態の変化と、卵胞または黄体局所血管系の変化の関係を、
卵胞発育過程および排卵前後に着目して、主に生体の経時的観察により検証した。
単排卵動物であるウシでは、卵胞発育過程において1個の卵胞のみが排卵可能な主席卵胞として選抜される。
第2章では、卵胞発育における卵胞血管系の関与について検証した。
第2章a項では、ウシ発情周期中の第1卵胞波における、卵胞選抜前後での血流観察が可能な卵胞数の変化を、
カラードップラー超音波診断装置を用いて経時的に観察した。
その結果、卵胞選抜前は、将来の主席卵胞と将来の閉鎖卵胞の間で血流が観察される卵胞数の割合に差はないが、
卵胞選抜後の主席卵胞は他の卵胞よりも高い割合で血流が観察され、強い血流を保ち続けていた。
以上より、個々の卵胞における血液供給、血管新生が卵胞発育に深く反映していることが示唆された。
第2章b項およびc項では、近年、新たな血管新生調節因子として発見され、卵巣の血管新生と退行にも重要であるとされている、
アンジオポエチン(ANPT)-Tieシステムについて、ウシ卵胞発育過程における卵胞膜および顆粒層でのmRNA発現を解析した。
その結果、a) 卵胞膜および顆粒層ともに、E2産生能が高い成熟卵胞ではANPT-1が優位となり血管が安定していること、
b) 卵胞閉鎖初期において、卵胞膜ではANPT-2が優位となり血管が不安定状態になり、閉鎖中期以降では卵胞膜の
ANPT-Tieシステム自体が崩壊していることが明らかとなった。
さらに、ANPTが成熟卵胞の局所分泌機能に影響するのかを、簡易器官培養系を利用した微透析システム(MDS)を用いて検証した。
MDSを通して卵胞内局所にANPT-1またはANPT-2を潅流した結果、ANPT-1はE2分泌を刺激し、ANPT-2はアンドロステンジオン分泌を
抑制しP4分泌を刺激することを初めて示した。
以上より、ANPT-Tieシステムがウシ卵胞発育に伴う血管新生、卵胞閉鎖での血管退行において卵胞内血管の構造的変化に関与し、
成熟卵胞の局所分泌機構にも影響することが示唆された。
第3章では、LHサージが排卵から黄体形成にかけての卵巣血管系におよぼす影響について検証した。
第3章a項では、ウシ卵胞の排卵前後とその後の形成期黄体内における血流変動を、自然排卵と誘起排卵で
カラードップラー超音波画像診断装置を用いて経時的に観察した。
その結果、両群ともLHサージの開始と同時に卵胞の血流域および血流速の増加が見られ、排卵までその状態を維持した。
また、排卵後の黄体形成では黄体体積の増加と血中P4濃度の上昇に伴い黄体内の血流量も増加した。
LHサージは卵胞の黄体化と排卵のスイッチであり、排卵後の黄体形成に不可欠な血管新生因子の発現もLHにより調節されている。
そこで、第3章b項では、主席卵胞の排卵時の卵胞破裂およびLH サージへの暴露が黄体形成に及ぼす影響をウシ生体で検証するため、
a) 黄体が存在する第1卵胞波の主席卵胞、b) LHサージ前の排卵前卵胞、およびc) LHサージ後の排卵直前の排卵前卵胞を吸引除去して、
その後の卵巣動態の変化を、カラードップラー超音波画像診断装置を用いて観察した。
第1卵胞波およびLHサージ前に排卵前卵胞を吸引した場合は、吸引部位に黄体は形成されず血流も全く観察されなかったが、
LHサージ後に吸引すると、吸引部位に活発な血流を伴う黄体が形成された。
この黄体は排卵後に形成される黄体と比較して形態的(黄体サイズおよび血流域)、内分泌機能的(血中P4濃度)に差はなかった。
よって、卵胞破裂よりも主席卵胞がLH サージに暴露されることが、その後の黄体形成に不可欠であることが示された。
第3章b項のLHサージの黄体形成への直接的影響を検証する実験において、LHサージ直前に排卵前卵胞を吸引除去すると
その後1週間に渡って黄体が形成されず、次の卵胞波では2個の主席卵胞が選抜される現象を偶然に発見した。
そこで、第4章では、黄体不形成が内分泌動態をどのように制御することで、2個の主席卵胞の発育を誘起しているかを検証するため、
血中の下垂体-卵巣軸ホルモンおよび栄養代謝ホルモン濃度を黄体不形成区と対照区(排卵後の第1卵胞波)で比較した。
その結果、2個の主席卵胞が選抜される黄体不形成区では、a) 実験期間を通して基底値のP4濃度を維持した。
b) FSH濃度に対照区と差はなかったが、LH基底濃度とパルス振幅は卵胞選抜前から対照区より高かった。
c) E2濃度、成長ホルモン(GH)基底濃度およびパルス振幅、インスリン様成長因子濃度は卵胞選抜後に対照区より高くなった。
以上より、黄体不形成による基底値のP4は、LHの増加による2個の主席卵胞の選抜を導き、卵胞選抜後は、
基底値のP4の維持とE2の増加によるLHとGHパルスの増加が、主席卵胞発育の継続に関与していることが示唆された。
本研究は、ウシ発情周期中の卵胞発育、排卵および黄体形成が、下垂体-卵巣軸の性ホルモンおよび栄養代謝ホルモンによる
卵巣機能の制御機構と、それに伴う卵巣内の血流変動および血管新生により調節されていることを示唆した。
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