氏 名 のなか すみえ
野中 寿美恵
本籍(国籍) 岩手県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第369号
学位授与年月日 平成19年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物生産科学専攻
学位論文題目 レプチンによる反芻家畜の下垂体前葉ホルモン放出作用と血中レプチン濃度の動態に関する研究
( Studies on the release of anterior pituitary hormones by leptin and its plasma profiles in ruminants )
論文の内容の要旨

 本研究は、脂肪細胞から分泌される新しいホルモン、レプチンが、反芻家畜の下垂体前葉ホルモン分泌に どのような影響を及ぼすか、またその分泌形態はどのようなものかを明らかにしようとした。

 初めにウシ下垂体前葉細胞を用いて、in vitro で黄体形成ホルモン(LH)、成長ホルモン(GH)及びプロラクチン(PRL)放出に 及ぼすレプチンの直接作用を検討した。 この実験においては、10-13 M~10-7 Mのヒトレプチンをウシ下垂体前葉細胞に3時間作用させ、 培養液中に放出されるLH、GH及びPRL量を対照区と比較した。 その結果、レプチンは10-8 M以上でLH及びGHをそれぞれ有意に放出させること(P<0.05)、また、 PRLは10-7 Mで有意に放出させることが明らかになった(P<0.05)。 レプチンのLHとGH放出作用を性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)と成長ホルモン放出ホルモン(GHRH)と比較した結果、 レプチンのLHとGH放出に対する作用はGnRHやGHRHに比べ弱いことも分かった。 ラットでレプチンの生理活性部位と考えられているアミノ酸残基第116~130位からなるヒト短鎖型レプチンを合成し、 ウシ下垂体前葉細胞に作用させたが、短鎖型レプチンにはLH、GH及びPRL放出作用は認められなかった。 ウシのホルモン分泌特性を明らかにするため、ブタ下垂体前葉細胞を用いて同様の実験を行った。 その結果、レプチンは10-8 M以上でブタ下垂体細胞からLHとGHを有意に放出させた(P<0.05)。 しかしブタ下垂体細胞では、PRL放出に影響は認められなかった。 次にin vivo で、ウシの第三脳室や視床下部内にレプチンを投与し、レプチンの視床下部を介したホルモン放出作用を検討した。 10 μgのレプチンをホルスタイン去勢牛の第三脳室内に投与してもLHとPRLの放出は影響しなかった。 しかし、血中GH濃度は投与後40~60分にかけて有意に上昇した(P<0.05)。 ホルスタイン雄子ウシの視床下部内側底部にレプチンを投与してもLH及びPRL放出は影響しなかったが、 GHはレプチン投与後230~250分にかけて有意に上昇した(P<0.05)。

 次に、反芻家畜の血中レプチン濃度のRIAによる測定系を確立し、ウシ及びヤギの血中レプチン濃度の日内変動、 雄ウシの性成熟期前後における血中レプチン濃度の変化、ヤギの妊娠期及び授乳期における血中レプチン濃度の変化を調べた。 血中レプチン濃度の日内変動を調べた実験では、雄ウシと雌ヤギから15分間隔で24時間採血を行い、血中レプチン濃度を測定した。 雄ウシの血中レプチンの変化は不規則なパルス状分泌形態を示した。 また、雄ウシのレプチン分泌様式は、午後の方が午前よりも濃度が高いもの、朝方に濃度が高まるもの、 一日中ほぼ同じ濃度を維持するものの3群に区分できた。 雌ヤギも血中レプチンの変化は、不規則なパルス状分泌形態を示したが、有意なパルスを欠き1日を通じ一定の高い基礎濃度を維持する個体も見られた。 雄ウシの性成熟前後における血中レプチン濃度の変化を調べた実験では、ホルスタイン種雄ウシから、8ヶ月齢~18ヶ月齢までの間、 2~3ヶ月間隔で採血を行った。 レプチン濃度は、8ヶ月齢が一番低く、10ヶ月齢にかけ有意に増加したのち(P<0.05)、12ヶ月齢以降ほぼ一定の値を維持した。 月齢に伴うレプチン濃度の変化とLH、GH及びテストステロン濃度変化との間には、一定の関係は見られなかったが、 IGF-I濃度の変化と血中レプチン濃度の変化は良く似ていた。PRL濃度は、8ヶ月齢が一番高く12ヶ月齢まで有意に減少し(P<0.05)、 血中レプチン濃度の変化と相反した。 ヤギの妊娠期及び授乳期における血中レプチン濃度の変化を調べた実験では、交配から妊娠、分娩、離乳までの血中レプチン濃度の変化を測定した。 血中レプチン濃度は、交配から分娩にかけて変動が大きく明確な変化は見られなかったが、分娩前に上昇し、分娩後に減少する傾向が見られた。 また分娩後はほぼ一定の低い値を維持する傾向にあった。 この変化は分娩時に急激に上昇し、授乳中高い値を維持したGHやPRLの変化と異なったが、妊娠中に高値を示し、 分娩に伴い減少したIGF-I濃度の変化に比較的近かった。

 以上本研究の結果から、レプチンはウシ下垂体前葉細胞に直接作用してLH、GH及びPRLを放出させることが初めて分かった。 また、この反応はブタとは一部異なること、レプチンによるLH及びGH放出能は、GnRH及びGHRHに比べ弱いことも明らかになった。 レプチンは視床下部を介したLH及びPRL放出作用は認められないが、GH放出を刺激することも示唆された。 また、ウシやヤギの血中レプチン濃度は不規則なパルス状分泌形態を示すことも明らかになった。 さらに、レプチンは雄ウシの性成熟やヤギの妊娠生理にも関与していることが示唆された。