氏 名 ふじた こうすけ
藤田 幸輔
本籍(国籍) 秋田県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第365号
学位授与年月日 平成18年9月29日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目 コガタルリハムシにおける活動期特異的タンパク質の分子機構
( Molecular mechanism of active phase-associated proteins in the leaf beetle adults, Gastrophysa atrocyanea )
論文の内容の要旨

 コガタルリハムシ(Gastrophysa atrocyanea )は,鞘翅目ハムシ科に属する年一化性の昆虫であり, 極めてユニークな生活史をもっている. 春,越冬成虫が産下した卵から孵った幼虫は,エゾノギシギシを摂食して成長する. 3齢老熟幼虫は,潜土し,蛹化する. 羽化した新成虫は,1週間ほど地上で活動したのち再び潜土し,翌春まで成虫休眠越冬を行う. そして,休眠から覚醒した成虫は,交尾,産卵し,一生を終える. この休眠は,遺伝的に確定した内因性休眠であり,10ヶ月に渡る長い休眠越冬期間中には夏期の高温と冬期の寒冷に耐える生存システムを 有した生活史戦略を展開している. この休眠に関して休眠関連ペプチド・タンパク質が同定されているが,本研究では特に活動期特異的タンパク質 (active phase associated proteins: APAP I and II)に着目し,以下の結果を得た.

1. 成虫活動期のコガタルリハムシから,新規の特異的タンパク質をFPLC システムを用いて単離し, その遺伝子のcDNA配列を同定することに成功した. このタンパク質は,細菌のグルコシドハイドロラーゼファミリーのGH48に属している. また,他のGHF48ファミリーのメンバーと違い,基質ドメインを含まず,活性ドメインのみのシングルドメイン構造が明らかになった.

2. このタンパク質のウエスタンブロットおよびノーザンブロットの解析結果より,幼虫期と前休眠期の初期, そして後休眠期のみにタンパク質発現が確認された. 従って,生活史において,活動状態時にのみ存在し,休止状態にある蛹期と休眠越冬期には消失することが確認された. また,体液中に大量に存在することも判明した. これまで,昆虫を含む動物の休眠越冬において多くの知見が集積されてきたが,活動期に特異的に発現するタンパク質は休眠越冬を行う動物において, エゾシマリスのハイバネーション(越冬)タンパク質の例がある. しかし,活動期体液中に特定のタンパク質が大量に存在し,さらにグルコシドハイドロラーゼファミリーGH48に属する タンパク質の存在は動物における初めての知見である.

3. 活動期特異的タンパク質はセルラーゼに相同性があることから,CM-cellulose, crystalline celluloseおよび β-1,4グルコシド結合を持つ数種のCellodextran(Cellotriose, Cellotetraose、Cellopentaose)を用いて詳細な解析を行なったところ, 酵素活性は認められなかった. そこで新たにアミノ酸配列データを詳細に解析した結果,セルロースとは異なるβ-1,4グルコシド結合に対する酵素機能が類推された. そこで,コロイダルキチンを用いて酵素活性の解析を行なったところ,活動期特異的タンパク質はキチナーゼ活性を有していた. キチンは昆虫の表皮の主要な構成成分であり,体液中の存在量はホルモン濃度と連動しており,脱皮を始めとする昆虫の生活史に深く関わっている. キチン代謝は昆虫の生命維持において重要な位置にあると考えられるが,これまでキチナーゼは脱皮期間中にのみ存在すると考えられている. そこで摂食・活動期にのみ存在する活動期特異的タンパク質がキチナーゼ活性を有するという知見は.昆虫のキチン代謝に新しい解釈を提案した.

4. 機能解析のためにRNAiを用いたタンパク質発現のノックアウトをおこなった. 休眠期の成虫に2本鎖の活動期特異的タンパク質のRNAを注射した後,幼若ホルモン類似体を塗布し休眠覚醒の操作をおこなった. その結果,対照区では通常通りに休眠から覚め活発に摂食し卵巣が発育したのに対し,実験区では土中に潜り休眠状態を維持しており, 本来誘導されるはずの後休眠期成虫において,休眠覚醒と卵巣の発育をほぼ完全に阻止することができた. このように,ひとつのタンパク質の発現を抑制することによって休眠行動を制御した例は初めてである. このことから,活動期特異的タンパク質はコガタルリハムシの休眠越冬機構において,このタンパク質の長期間に渡る発現停止が成虫休眠を意味し, このタンパク質の発現が休眠することのない,摂食・活動期の制御に深く関与していると推測した.
 以上の結果より,特徴のあるライフサイクルを持つコガタルリハムシは,活動期特異的タンパク質の発現停止により 夏の高温障害と冬の寒冷障害を休眠越冬戦略により克服し,生殖ステージへと切り換えていると考えられる. 本研究では,この休眠越冬がキチナーゼ活性を持つ活動期特異タンパク質の遺伝子発現オン・オフで制御されていることを提案した. さらに,このタンパク質の生体内における新規の機能を詳細に明らかにすることで,休眠越冬の新しい理解が期待できる.