氏 名 はさ やすひろ
波佐 康弘
本籍(国籍) 北海道
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第364号
学位授与年月日 平成18年9月29日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 ポテトパルプの総合的利用に関する研究
( Studies on comprehensive utilization of potato )
論文の内容の要旨

 ばれいしょは、小麦やテンサイとともに北海道東部の畑作農業における基幹的な輪作作物である。 毎年9月から11月にかけて収穫されたばれいしょは道内10箇所にある大規模工場に集荷されるが、デンプンを製造する工程で ポテトパルプと呼ばれる残渣が発生する。 その量は年間約10万トンにも達するものの、十分に活用されてはいない。 著者は乳酸生成糸状菌Amylomyces rouxii によるポテトパルプの発酵に関する研究を行っている過程で、 発酵ポテトパルプの抽出物を塗布した茹で麺が簡単にほぐれる現象を見出した。 これをもとに、本研究ではポテトパルプの総合的利用に関する研究を展開し、下記のような新しい知見を得た。

1.糸状菌によるポテトパルプの発酵および抽出物の麺ほぐし効果
 麺のほぐれを定量的かつ客観的に評価するため、二つの指標を設定した。 ひとつは多数の試料について測定した小麦粉ゲル表面の付着力で、もうひとつは絞り込んだものについて計測した麺の塊がほぐれるまでの時間である。
 糸状菌Amylomyces rouxii およびAspergillus oryzae でそれぞれ発酵させたポテトパルプの抽出物の麺ほぐし効果を調べたところ、 前者にのみ顕著な効果が認められた。 発酵ポテトパルプ成分の分解に関与する両糸状菌の多糖分解酵素活性を測定すると、両糸状菌とも同程度のポリガラクツロナーゼを生産していた。 しかし、α-アミラーゼ活性には大きな差異があり、Aspergillus oryzae のほうが数十倍以上高かった。 このようなことから、α-アミラーゼ活性が高いとポテトパルプの構成成分を過剰に分解し、麺ほぐし効果を低減させると推定した。

2.酵素剤で処理したポテトパルプから抽出物の調製およびその麺ほぐし効果
 麺ほぐし効果のある抽出物を短時間で簡便に取得するため、Amylomyces rouxii の替わりに食品用酵素剤で処理する方法を検討した。 まず、市販食品用酵素剤15種類の多糖分解酵素活性を測定し、Amylomyces rouxii およびAspergillus oryzaeが生産する酵素活性の 比率に近いものとしてペクチナーゼAおよびBをそれぞれ選抜した。 これらの酵素剤でポテトパルプを処理して抽出物を調製したところ、ペクチナーゼAで処理による抽出物にのみ麺ほぐし効果が認められた。 さらに乾燥ポテトパルプ22.5kgを原料とした中規模製造試験 を実施し、回収率41.1%で9.24kgの抽出物を取得した。 この抽出物は、麺ほぐし効果のある多糖類のプルランよりも粘度が低く取り扱いが容易であった。

3.麺ほぐし効果をもつ有効成分の分析
 発酵または酵素処理したポテトパルプ抽出物の分子量分布を調べるとともに糖組成分析を行った。 麺ほぐし効果のある抽出物は、効果のない抽出物よりも高分子の比率が高かった。 効果のある抽出物からエタノール沈殿により高分子物質を回収したところ、6%の濃度でも12%のプルラン同様の優れた麺ほぐし効果を示し、 その主成分の分子量は104~106であった。 さらに加水分解して組成を分析したところ、90% 以上がウロン酸とガラクトースであったことから、 その有効成分を塊茎中のペクチンと推定した。 麺ほぐし効果のある抽出物を茹で麺の表面に塗布しておくと、異なる麺線に含まれるデンプン分子間の水素結合を遮断することにより、 麺線同士の付着を防止して固まりにくくしていると考えられる。

4.ポテトパルプ抽出残渣のサイレージ化発酵試験
 ポテトパルプから麺ほぐし効果のある抽出物を分離すると原料の50%程度に相当する固形分が残渣として発生するが、 その主成分は繊維質で可溶性糖類が少ないため通常の乳酸菌で発酵させることは難しいと予想された。 そこで、乳酸生成糸状菌によるサイレージ化の可能性について検討した。 ペクチナーゼAで酵素処理したポテトパルプの抽出残渣にAmylomyces rouxii を接種して発酵させると、 乳酸とエタノールがともに生成し、pHは急速に低下した。 一方、市販乳酸菌スターターを接種すると、乳酸が生成されるまで7日間を要し、pHが低下するのはそれ以降であった。 このようにポテトパルプ抽出残渣はAmylomyces rouxii を使用することで迅速に発酵させてサイレージ化が可能であった。

 以上のように、著者は乳酸生成糸状菌Amylomyces rouxii で発酵させたポテトパルプの抽出物に麺ほぐし効果のあることを見出し、 同等の効果を有する抽出物を酵素処理によって短時間で簡便に調製する方法を開発した。 さらに、抽出残渣はAmylomyces rouxii で迅速に発酵させ、サイレージ化できることを明らかにした。 このようにして構築したポテトパルプの総合的利用プロセスは、ばれいしょの付加価値を向上させ、 北海道の畑作農業の持続的推進に大きく貢献すると期待される。