本研究では、まずグルコシルセラミド(セレブロシド)の合成能を有するSaccharomyces kluyveri に
含まれるスフィンゴ脂質クラスの種類、構成分の組成および含量を分析するとともに、スフィンゴ脂質の生理的役割を考察する一環として
エタノールストレスに伴うスフィンゴ脂質の組成変動を解析した。
次いで、機能性食品素材や化粧品原料としての利用が期待される酵母菌体中の遊離セラミドを酸性スフィンゴ脂質群の分解系により
増量化させる条件を検討した。
さらに、S. kluyveri およびその近縁酵母6菌株におけるセレブロシドの含量とその代謝関連遺伝子の塩基配列との関連性についても調べた。
これらの研究成果の概要は、以下の通りである。
1.S. kluyveri にはスフィンゴ脂質として、セレブロシドの他に、セラミドおよび3種の酸性スフィンゴ脂質(イノシトールリン酸セラミド、
マンノシルイノシトールリン酸セラミドおよびマンノシルジイノシトールリン酸セラミド)が存在していた。
セラミドと酸性スフィンゴ脂質群のセラミド残基組成は類似しており、主要な構成分は共通して飽和のトリヒドロキシ塩基と
炭素数24や26を中心とした超長鎖の2‐ヒドロキシ脂肪酸であった。
一方、セレブロシドの主要分子種は1‐O ‐D‐glucosyl‐N ‐2'‐hydroxystearyl‐9‐methyl‐4‐trans, 8‐trans ‐sphingadienineで
あることを確認した。
また、量的には酸性スフィンゴ脂質群が多く、スフィンゴイド塩基量として乾燥菌体1g当たり1.5mgで、全スフィンゴイド塩基の75%を占めていた。
一方、セレブロシドとセラミドの含量はスフィンゴイド塩基量としてそれぞれ0.3mgと0.2mgであった。
2.S. kluyveri に対するエタノールストレスに伴うスフィンゴ脂質の変化を他の膜脂質クラスとともに精査したところ、
エタノール濃度依存的に遊離セラミドが増加することが判明した。
また、他の酵母で報告されている総ステロール量の減少は観察されなかった。
リン脂質クラスとしては、ホスファチジルコリンやホスファチジルエタノールアミンなどが増加した。
脂質構成分における変化としては、遊離セラミドでは炭素数20のトリヒドロキシ塩基の割合が増加し、一方、
主要なグリセロ脂質ではオレイン酸の増加やunsaturation indexの低下が認められた。
また、構成ステロールでは、ergosterolとzymosterolの割合が顕著に減少し、fecosterolなどが増加していた。
このように、S. kluyveri ではエタノールストレス下でのde novo 合成によるセラミド合成の促進が見られ、
セラミドの増量化が膜中のステロール脂質量の減少を抑制したと推測された。
さらに、ステロール合成系でのC22-デサチュラーゼとC24-レダクターゼ活性が変化し、脂質二重層の内側に配向している
ステロール側鎖が低極性化することが示唆された。
3.酵母菌体を自己消化させてセラミドの増量化を検討したところ、1時間の自己消化処理によって約2倍に増加することが判明した。
一方、セレブロシド量には変化が見られなかった。このことから、セラミドの増加は菌体内のホスホリパーゼC様活性による
酸性スフィンゴ脂質群の分解に起因するものと判断された。
4.S. kluyveri および近縁酵母6菌株におけるセレブロシド量とセレブロシド代謝関連遺伝子の塩基配列を解析したところ、
セレブロシド合成酵素遺伝子間の相同性は50~60%であったが、両者には関連性は認められなかった。
また、スフィンゴ脂質不飽和化酵素の推定アミノ酸配列による系統樹は18S rRNAと同じ分岐パターンを示し、
その相同性は70~80%であった。
供試した酵母のセレブロシドは、構成スフィンゴイド塩基として9-Me d18:24t, 8tが主成分である真菌タイプ、
d18:24t, 8tが主成分である植物タイプおよびd18:24t, 8tと9-Me d18:24t, 8tがほぼ同量の真菌と植物の中間タイプの
3群に分類できることが判明した。
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