氏 名 おかもと まさよ
岡本 匡代
本籍(国籍) 北海道
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第362号
学位授与年月日 平成18年9月29日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 エゾシカ肉の特性に関する食品化学的研究
( Studies on nutrient characteristics of yezo sika deer meat )
論文の内容の要旨

 北海道に生息するエゾシカ(Cervus nippon yezoensis )は、近年、釧路など東部地域を中心に爆発的に増加した。 野生エゾシカによる農林業被害は極めて深刻で、最近10年(1995-2004年)における被害額は28~50億円の間を推移している。 行政の個体数管理により狩猟圧が高められているが、現在においても18±5万頭が生息していると推定され、 今後も目標水準(5万頭)へ向けた積極的な捕獲が継続されると見込まれる。 昨今、年間6~8万頭のエゾシカが捕獲されているが、これらのほとんどは廃棄物として処理されている。 本研究では、エゾシカの利用可能性を模索するため、肉の特性を食品化学的に解明しようとした。 得られた成果の概要は、以下の通りである。

1.栄養特性
  5、8および11月に捕獲したエゾシカの背最長筋(longissimus dorsi muscle )を調べたところ、 高タンパク質(22.1~25.7%)で低脂質(0.5~2.7%)という特徴が明らかとなった。 この成分比は鶏むね肉と近似しており、生活習慣病の一時予防に好適な食肉であることが裏付けられた。 また、タンパク質と脂質は夏に向けて増加傾向を示すことを初めて見出した。全脂質の構成脂肪酸は、他の畜肉よりも不飽和度が高い傾向であった。 月別に比較すると、5月ではリノール酸(18:2)が最も多く、多価不飽和脂肪酸(PUFA)が全体の50%を占めていた。 一方、8および11月の主要脂肪酸はパルミチン酸(16:0)で、PUFAの割合は約20%であった。コレステロール量は、 脂質含量の個体差を反映しており、11~168mg/100gの範囲であった。 また、Fe(4.5~7.7mg/100g)、Cu(0.7~1.0mg/100g)などのヒトに有益な無機成分が多く含まれていた。 さらに、比較のために、半年間、飼養されたエゾシカについても背最長筋の一般成分を明らかにした。

2.脂質の化学的組成
  中性脂質(NL)画分と極性脂質(PL)画分の比率は、5月では27:73、8月では59:41、11月では60:40であった。 中性脂質クラスとしては、8および11月ではトリアシルグリセロール(TG)が大部分を占めていたが、5月ではTGは微量で遊離脂肪酸が増加していた。 なお、5月には特徴的に腹腔内脂肪が確認されなかった。 このように、5月の脂質成分に観察された特異性は飢餓状態における脂質代謝に起因すると考えられ、 このことは冬期では極度に貧栄養であることを示唆するものであろう。 NL画分の構成脂肪酸を主成分分析したところ、5月に捕獲した群、8月に捕獲した生後2ヶ月群およびその他の群という3つのクラスターに分類された。 これには個体の栄養状態と成熟度が寄与していると推測された。 TG における脂肪酸分布としては、生後2~5ヶ月ではsn -2でミリスチン酸の割合が高く、 成獣ではsn -1,3でシス‐バクセン酸が多く存在することを初めて明らかにした。
 PL画分の主な脂肪酸は18:2、ステアリン酸(18:0)、アラキドン酸(20:4)および16:0で、多価不飽和脂肪酸/飽和脂肪酸比は2.4±0.3であった。 個体間の違いは観察されなかった。 主なリン脂質クラスはホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)およびカルジオリピンであった。 構成脂肪酸を分析すると、PEよりもPCの不飽和度が高いという特徴が認められた。 また、どのリン脂質クラスにもプラズマローゲン型の存在が示唆された。 その構成アルケニル基に由来するジメチルアセタールとしては、炭素数16と18の飽和型が検出され、前者の方が総じて多く含まれていた。
 共役リノール酸(CLA)として9c,11t 型とt, t 型が検出され、大部分が前者であった。 脂質1g当たりの含量は、5月(1~2mg)では低く、8および11月(5~10mg)では高かった。 夏秋期の高値は、野草や牧草などの積極的な採食によると考えられる。 また、生後2~5ヶ月のエゾシカにおいてCLA量が高かったが、これは母乳中のCLA(4~13mg/g fat)に由来するものと推測された。

3.食味官能検査
 捕獲から内臓摘出に至るまでの時間が肉の食味に影響することから、解体までの時間を操作した9頭のエゾシカから背最長筋を採取し、 ゆでた肉片と挽肉から調製したスープについて食味官能検査を行った。 解析は、16名の検査員による回答をシェッフェの一対比較法によって行った。 その結果、射殺から3時間後に解体されたエゾシカの肉は肉片、スープとも好まれなかった。 しかし、肉片による検査では、解体まで1時間を要した個体が捕獲後速やかに解体された個体よりも好まれていた。 解体直後の生肉からは3.0CFU/g以下の一般生菌が検出された。E. coli および大腸菌群は検出されなかった。

4. 食性と第一胃内容物中の無機成分
 3月から翌年1月までに捕獲した36頭のエゾシカの第一胃から内容物を採取して食性を調査した。 その結果、ササ類は通年採食されていたが、主として12~3月に認められた。 一方、4~11月では、主に牧草を食することが確認された。 木本類は、春期、秋期および冬期に観察された。内容物の無機成分を分析したところ、CaおよびPについては夏期に高く、 春期に低いという変動が見られた。 Kは、春期から冬期に向けて徐々に低下する傾向であった。Naは、夏期に低く、冬期に高かった。 Fe、ZnおよびCuは、いずれも特徴的に春期に高値であった。