圃場整備事業は、これまで農業生産性の向上や農村地域における生活環境改善のために大きく貢献してきた。
しかし、その事業規模の拡大に伴い、多くの便益をもたらす一方で、周辺の自然環境に大きな変化を及ぼすこととなる。
1935年に国から天然記念物に指定された岩手県花巻市の「花輪堤ノハナショウブ群生地」は、
1992年から1997年にわたる周辺の圃場整備事業に伴い、ノハナショウブの生育環境に配慮した保全工法の導入による環境保全対策が講じられた。
ノハナショウブは山野の草原や湿原に群生する多年草で、発芽は適度な湿潤状態を好むことから、これら保全工法は、
止水壁や暗渠排水の設置により、土壌の乾燥化、過湿化を防ぐことを目的としていた。
しかし、保全工法にもかかわらず、ノハナショウブ花茎数が保全工事後著しく減少していることが確認されている。
本研究は、圃場整備における植物生態系に配慮した保全工法のあり方についての参考に供することを目的とし、
群生地内の土壌水分動態、およびそれらの気象・水文条件との関わりを把握し、ノハナショウブの生育に好適な土壌水分の条件を検討した。
得られた結果は以下のとおりである。
1) 土壌水分センサーの特性
土壌水分の測定方法は、その目的により多種にわたる。計測に使用したDecagon社(米)のECH2Oプローブセンサーは、
誘電定数法により体積含水率を測定するものである。本邦での使用が僅少であることから、このセンサーの仕様書における一般式の
調査地土壌への適応性を確認した。
この結果、仕様書における一般式は適用出来ず、センサーの個体差および土壌特性に応じて固有の出力値Vと体積含水率θの関係を
示すことが明らかとなり、使用する個々のセンサーについて較正試験を行うことの必要性が示された。
2) 調査地土壌の物理特性
調査地は、北上高地と奥羽山脈東縁の山地に挟まれる北上低地帯平野部にあり、段丘堆積物上の洪積粘性土層である。
調査地土壌は、その断面から5~10cm(有機質土),10~20cm(有機質土と火山灰質粘性土の混合),20cm以深(火山灰質粘性土)の
3種類の土質に区分される。
これらから採取した試料について室内試験を行った。各層とも気相の割合が少なくほぼ飽和しており、いずれの層も
飽和透水係数が10-7~10-8cm/secオーダーと非常に低い、もしくは不透水という特徴が示された。
また、植物の生育に対してその土壌三相から好適ではないことが明らかとなった。
3) 体積含水率の時系列変化の特徴
調査地に土壌水分センサーを8地点×3深度の計24本埋設し、各土壌水分センサーの出力値から体積含水率への変換式を求め、
得られた一年問の計測結果からこれらの時系列変化の解析、検討を行った。
調査地土壌の地表面付近、および深度50cm以深は、常に飽和に近い状態で保たれており、深度25cm以浅の一年を通じた変動は、
池水面と止水壁の距離に影響されることを見出した。
また、ノハナショウブ根圏深さに相当する深度25cmの変動は時間的に一致している傾向が示されたことから、
ノハナショウブの生育因子として土壌水分の変動を見た場合、花茎数が計測地点間において差異を生じるならば、
それらは変動幅の大小に起因しているものと考えられることが明らかとなった。
4) 体積含水率時系列変化と気象・水文条件、ノハナショウブ花茎数との関係
降水量・池水位の気象計測データおよびノハナショウブ花茎数分布をもとに、体積含水率の時系列変化との関連を検討した。
降水量と体積含水率の間に明瞭な関連は無く、強い降雨に対しても体積含水率の変化が鈍いことが示された。
しかし、池水位と体積含水率の関係については、池水位が10cm未満で変動している自然状態では比較的変動に敏感な一部の地点を除いて、
体積含水率に池水位に伴う大きな変動は無く、一定以上(人為的作用による10cm以上)の低下により深度25cmは顕著に変化することが示された。
また、ノハナショウブの生育が良好な地点ほど体積含水率の一年を通じた変動幅が大きいことから、
土壌水分の停滞状態はノハナショウブの生育に好適ではなく、適度な乾湿の変化が望ましいと推測された。
以上のように、本研究では、計測に使用した土壌水分センサー(ECH2Oプローブ)の調査地土壌に適応した体積含水率への
変換式を求めるとともに、各計測地点における体積含水率の時系列変化よりノハナショウブ群生地内の土壌水分動態の一端を確認した。
また、降雨や池水位など土壌水分への強制的なインパクトが激しい事例において、その影響を検討した。
これらによって、ノハナショウブの生育環境を保全するための一つの因子として、土壌水分の適度な乾湿変化の必要性が見出された。
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