氏 名 いのうえ としろう
井上 登志郎
本籍(国籍) 岩手県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第360号
学位授与年月日 平成18年3月31日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目 アザミウマのトマト黄化えそウイルス媒介能力に影響する要因の解明
( Factors governing vector competence of Tomato spotted wilt virus (Bunyaviridae: Tospovirus) in thrips (Thysanoptera: Thripidae) )
論文の内容の要旨

 ブニヤウイルス科トスポウイルス属のトマト黄化えそウイルス(TSWV)はアザミウマによって媒介され、 その媒介能力は媒介種間で異なることが知られている。 このような種間の違いが生じる原因を明らかにすることは、TSWV-アザミウマの相互作用系を解明し、効果的な防除策を開発する上で有効である。 しかしながら、TSWVの媒介特性に関する研究は、主要媒介種のミカンキイロアザミウマを中心に進められており、 他の媒介種については十分な知見があるとはいえない。 また、本種のような虫媒性植物ウイルスでは媒介者の果たす役割が非常に大きいにもかかわらず、アザミウマの生態学的、 系統学的側面を媒介能力と関連づけた研究もわずかである。 そこで本研究は、アザミウマのTSWV媒介能力に影響する要因を解明するため、ウイルス保毒がアザミウマの媒介能力や生存期間へ 及ぼす影響について媒介種間で比較するとともに、アザミウマとウイルスの分子系統樹を作成した。

 幼虫と成虫のウイルス保毒量(Nタンパク質を定量)および成虫期の媒介効率について、ミカンキイロアザミウマ、 ヒラズハナアザミウマ(以上Frankliniella 属)、ネギアザミウマ、ダイズウスイロアザミウマ、ミナミキイロアザミウマ、 ハナアザミウマ(以上Thrips 属)の6種を比較した。 ウイルス保毒量は、Frankliniella 属の2種では幼虫期と成虫期でほとんど変わらないか成虫で増加したのに対し、 Thrips 属ではいずれの種でも幼虫期より成虫期で少なくなっていた。 成虫の媒介効率は前者の属が後者よりも高かった。 これらのことは、アザミウマ種間にみられるウイルス媒介効率の違いは成虫でのNタンパク質の保毒量に起因していること、 また幼虫と成虫のウイルス保毒パターンはFrankliniella 属とThrips 属の属レベルで異なっていることを示した。

 

 TSWVを獲得したアザミウマ成虫における保毒量の頻度分布型について、ミカンキイロアザミウマ、ヒラズハナアザミウマ、   ネギアザミウマ、ダイズウスイロアザミウマの媒介種4種を用い、雌雄別に調査した。   いずれの種もある閾値以上の保毒虫が媒介虫となったが、その割合はThrips 属2種よりもFrankliniella 属2種で、また雌よりも雄で高かった。   Frankliniella 属2種の保毒量の頻度分布型は媒介可能な群と媒介できない群の二山分布型を示し、   Thrips 属2種では一山分布型の右裾に媒介虫が存在した。   これらのことは、閾値以上のウイルス保毒虫の割合が雌雄間および属間で異なり、その結果、媒介虫率に差異が生じていることを示している。

 

 TSWVを媒介する産雌単為生殖系統のネギアザミウマについて、ウイルスの保毒が生存期間に及ぼす影響を調査した。   ミカンキイロアザミウマでは、TSWVの保毒が生存等に影響しないことが知られているが、ネギアザミウマの保毒虫は非保毒虫よりも生存期間が短く、   保毒虫の中では保毒量が多いほど生存期間が短縮する傾向がみられた。   ネギアザミウマの潜伏期間(ウイルス獲得後から媒介開始まで)はミカンキイロアザミウマに比べて長く、   結果的に本種の媒介可能な期間(媒介開始からアザミウマの死亡まで)はかなり短いことが示唆された。   実験室レベルではあるが、これはネギアザミウマがミカンキイロアザミウマより媒介者として低い地位にあることを生態学的側面から   説明する初めての知見である。

 

 TSWV媒介能力のアザミウマ種間変異が系統的制約によるものかどうかを明らかにするため、   トスポウイルス媒介種10種を含むアザミウマ18種について、ミトコンドリアDNAのCOIと16SrRNA、核DNAのEF1- と28SrRNAを用いて系統樹を作成した。   さらに、データベース登録されているトスポウイルスのNタンパク質のアミノ酸配列を用いてウイルスの系統樹を作成し、   媒介種との相互関係を検討した。   その結果、ウイルスと媒介アザミウマ種の系統樹の分岐関係は完全には一致しないものの、ウイルス系統樹で推定された3分岐群は、   Frankliniella 属、Thrips 属、Scirtothrips 属の3属に対応して分岐した。ウイルス-アザミウマの相互関係はアザミウマの属レベルで   系統的制約を受けていることが示唆された。

 

 以上のように本研究は、アザミウマ体内におけるTSWVの増殖パターンや保毒量の頻度分布がアザミウマの属間で異なる可能性を示し、   ウイルス保毒がTSWV媒介種として地位の低いネギアザミウマの生存期間を短縮させていることを明らかにした。   さらに、これらの違いがアザミウマの属レベルの系統的制約に起因する可能性を示唆した。   本研究で得られた成果は、TSWVをはじめとして、今後生産現場で問題となる可能性が高いトスポウイルスによる病害の発生を予察するうえで、   ウイルス-アザミウマの相互作用の観点から新たな視点を与えるものである。