近年における科学技術の発展,特に計算機技術の発展はめざましく,ここ数年で飛躍的に処理速度が向上し,
それまで計算することができなかったような複雑な計算やデータ処理を行うことが可能となってきた.
その結果,音響の分野においても,コンピュータやDSPボードなどを用い,より高速で複雑なデータ処理が可能になった.
このような状況を背景として,現在「ディジタル信号処理」の技術が急速に発展しつつある.
ディジタル信号処理は,波形のような1次元の信号のみならず,図形,画像という2次元の信号処理にも用いられ,
地震波,音声波,脳波,あるいはレーダーやソナーなどの測定データの処理,
ロボットやリモートセンシングなどのための画像処理,その他に広く応用されるようになった.
本論文では,このディジタル信号技術の応用としてコンクリート構造体の欠陥位置の非破壊検査法について述べる.
本論文で扱う検査対象として二種類のコンクリート構造体を考える.
一つは,橋脚や防波堤のケーソンのように大部分が地中や水中に埋設された大規模コンクリート構造物である.
そのようなコンクリート構造物が損傷した場合,特に構造物の一部を残して大部分が地下や水中に埋設されているような場合には,
地表面に現れている部分から得られる情報だけを用いて,コンクリート構造物の状態を非破壊検査することが望まれている.
もう一つの対象は,高速道路を構成するコンクリート製の橋である.
コンクリートの引張強度は圧縮強度に比べて小さい.
このため,コンクリート構造体では,あらかじめコンクリートに圧縮力を与え,
荷重によって作用する引張力を相殺するように設計されている.
圧縮力は,コンクリート中の空洞に配置した鋼製の緊張材を引張って導入される.
圧縮力の導入後は,空洞に充填剤(セメント+水+砂)を注入し,緊張材の防錆が図られる.
このとき充填剤が充分に充填されず空隙ができる場合があるため,空隙の有無を非破壊で確認できれば,
充填の施工品質をより確かなものにできる.
検査対象となるコンクリート構造体が非常に大きい場合,入力エネルギーを大きくすることが難しい超音波法を用いて
表面から深い位置の状態を検査するのは困難である.
そこで,入力エネルギーを大きくしやすい打撃による低周波の振動を構造物の表面に設置した複数のセンサで検出し,
コンクリート構造体内部の欠陥位置を検査する衝撃弾性波法を用いた.
センサ列をコンクリート構造体表面に取り付け,小型ハンマの打撃により振動パルスを生成する.
そのとき,欠陥がある場合には,欠陥位置から反射波が生じるので,この反射波を解析することで欠陥位置を推定する.
ここで,コンクリートは弾性体であるため,一度打撃すれば同時に3種類の弾性波すなわちP波,
S波及び表面波が構造物内を伝播する.
弾性波の中でP波とS波は実体波であり,P波が最もスピードが速いため,
構造物内部の欠陥からP波の反射波が最も早く表面のセンサで捉えられる.
よってP波を欠陥位置推定に用いる.それに対して,表面波は文字通り表面のみ伝播し,
エネルギーは3種類の弾性波のうち最も大きい.
このため,表面波が欠陥からのP波の反射波に干渉することが,欠陥位置推定の深刻な問題となる.
この問題に対して表面波推定のための方法が考案されたが,まだ不十分である.
そこで本研究では表面波について詳しく調査を行い,表面波推定の精度改善を行った.
表面波の特性を明らかにするために,欠陥や反射がないと思われる巨大なコンクリート構造物であるダム上で打撃実験を行った.
コンクリート構造体内に欠陥による反射がない場合,打撃によって得られるセンサ波形はほぼ表面波とみなせる.
このときのセンサ波形は単純な指数関数的に減衰する正弦波振動波形として,モデル化可能であることが分かった.
モデル化した表面波をセンサ波形から除くことにより,安倍らが以前に提案した手法と比較して,
欠陥から反射するP波がより強調されることを確認できた.
次に,欠陥位置の図示化手法であるビームフォーミング(近接音場の指向性合成)処理を行い,
2次元的に欠陥の位置の推定を行った.
幾つかの実験用コンクリート供試体を用いて打撃実験を行った結果,コンクリート側壁からの反射に起因して,
欠陥がない位置にピークが現れることが分かった.
従来の手法では,この側壁からの反射に起因するピークがある程度除去できるが,
表面波の推定精度が十分ではないため,逆に本来出るべき欠陥や底面の位置のピークが小さくなってしまう場合があることが分かった.
欠陥の無い構造体に関しては,底面の位置に大きなピークが現れた.
平行な欠陥がある構造体に関しては,欠陥のところにピークが見られるのは,
従来法も新しい方法も同様であるが,新しい手法の方では,
側壁からの反射に起因するピークが欠陥や底面の位置のピークに比べて5dB程度小さく,
欠陥位置の推定がより容易であることが分かった.
斜めの欠陥がある構造体に関しては,従来法に比べより欠陥に沿ったピークが観測された.
本論文は4章構成で,第1章は序言であり,研究の背景,本論文の目的について述べる.
第2章では従来の非破壊検査手法について説明し,本研究の必要性について言及する.
第3章は新しい手法について説明し,そこで得られた実験結果を示し,新しい手法の優位性を示す.
第4章は結言であり,本論文の結論を述べる.
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