現代の材料科学分野において、高い導電性、あるいは磁気的性質を有する物質は、
金属、無機半導体、セラミックスなどが全盛である。
しかし、情報、通信機器の発達に伴い、デバイスの小型化、軽量化などの高性能な機能が求められるようになり、
構成単位を分子とした有機導電体の研究が精力的に行われるようになった。
これまでに当研究室では、新規導電性分子開発におけるモデル構築として電子授受が可能な含硫黄複素環骨格を選定し、
その単電子移動によって形成される特異な7 電子系の特性評価、並びに可逆単電子酸化還元システムの構築について研究を行っている。
最近では、これらモデル研究から得られた知見をもとに、電子デバイスへの応用を指向した電位走査による外部刺激に対し、
電子の授受を制御可能な多電子移動型分子開発へと研究を展開している。
本論文は、7 ラジカル種が形成可能な含硫黄複素環骨格(有機酸化還元中心)に、
有機金属錯体フェロセン(金属酸化還元中心)を複合化した新規有機‐有機金属ハイブリット型多電子移動型分子の
開発を目的として行った一連の研究成果についてまとめたものである。
本論文、第1部では、チアントレン(有機 ドナー部位)とフェロセン(有機金属ドナー部位)を複合化した
ドナー・ドナー型多電子移動型分子の合成、構造、酸化還元特性評価について記載した。
目的とする多電子移動が可能な標的分子として1-フェロセニル-、1,9-ジフェロセニルチアントレンを設計した。
合成は、相当するブロモ体と塩化フェロセニル亜鉛とのパラジウム触媒を用いたクロスカップリング反応によって達成し、
1-フェロセニルチアントレンについてはX線結晶構造解析によってその結晶構造を明らかとした。
二種のチアントレン-フェロセンハイブリット分子群について、その酸化還元特性を電気化学的手法により評価し、
電子移動能、並びに電子授受体の安定性を明らかとした。
その結果、分子内のフェロセン金属部位及びチアントレン有機部位からの独立した可逆電子移動過程の観測に成功し、
目的とするドナー・ドナー型有機-有機金属ハイブリット分子の創製、かつ多中心多電子多段階酸化還元システムの確立を達成した。
本論文、第2部では、カルコゲノフェン(有機 アクセプター部位)とフェロセン(有機金属ドナー部位)を複合化した
ドナー・アクセプター型多電子移動型分子の合成、構造、酸化還元特性評価について記載した。
中心有機アクセプター部位として、母体-、ベンゾ[b]-、ベンゾ[c]-カルコゲノフェンを選定し、
フェロセンユニットを組み込んだ様々なバリエーションの有機‐有機金属ハイブリット分子を合成し、その結晶構造を明らかとした。
また、電気化学的手法を用いることで、それら分子群の多段階酸化還元過程を評価した。
その結果、各種チオフェン骨格に2つのフェロセンユニットを組み込んだ2,5-ジフェロセニル-、
2,3-ジフェロセニルベンゾ[b]-、1,3-ジフェロセニルベンゾ[c]-カルコゲノフェンにおいて、
酸化側で分子内2つのフェロセン金属部位からの2段階の可逆2電子移動過程に加え、
還元側でチオフェン有機部位からの可逆な単電子移動過程が観測に成功し、
カルコゲノフェンの還元、フェロセンの多段階酸化を走査電位によって制御可能な
ドナー・アクセプター型有機-有機金属ハイブリット分子の創製、並びに多中心多電子多段階酸化還元システムの確立を達成した。
以上、本論文に記載したチアントレン-フェロセン、並びにカルコゲノフェン-フェロセン複合型多電子移動型分子による
新規多段階酸化還元システムの確立は、有機-有機金属ハイブリット分子群の独立した安定
かつ可逆な外部刺激(電位)応答性を明らかとするものである。
これら本論文の研究成果は、有機-有機金属複合型多電子移動型分子の新規機能性有機半導体としての有用性を提案し、
今後のデバイス開発における分子設計の重要な指標の一つを確立するものである。
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