鋳鉄の溶接性は鋼材より劣ることが知られている。
そのため、鋳鉄に対する溶接はあまり行われていないが、コストや納期の問題から、
単品鋳物や大型鋳物では補修溶接や形状変更などで頻繁に溶接が行われている。
鋳鉄の溶接性が悪いといわれる理由として、チルの発生による割れやピンホールなどの溶接欠陥が発生しやすいことが挙げられている。
製造現場で行われている鋳鉄溶接においてもこれらの欠陥が発生しており、問題となっている。
これらの欠陥に対する決定的な対策は確立しておらず、発生機構も明確になっていない。
本論文では、鋳鉄の溶接時に発生する代表的な溶接欠陥である、チル及びピンホールの発生機構を明らかにすることを目的とし、
さらに、欠陥の防止方法について検討した。
チルについての試験では、溶接棒の種類や母材の黒鉛化度によるチル深さへの影響を調べ、
溶接時におけるチルの発生機構について考察した。
さらに、母材成分や予熱によるチル深さへの影響を調査し、チルの防止法について検討した。
その結果、溶接界面には母材が単独で溶融する部分が存在することがわかった。
溶接時における冷却速度は鋳造時における冷却速度に比べて非常に大きいため、
この単独で溶融する部分は急冷凝固してチルが発生することがわかった。
このため、溶接棒の成分を変えるだけでは完全にチルを無くすことできないことがわかった。
チルを防止するには、母材のSi量を増やしてセメンタイト共晶温度を低下させることや、十分な予熱を行って、
冷却速度がチル臨界冷却速度より小さくなるような温度で予熱することが有効であることがわかった。
溶接時に発生するピンホールに及ぼす酸素の影響について調査を行い、ピンホールの発生機構について考察した。
さらに、鋳鉄母材のC、Si、Cr量を変化させて溶接試験を行い、ピンホールの発生に及ぼす鋳鉄母材のC、Si、Crの影響について調査した。
その結果、片状黒鉛鋳鉄は黒鉛と基地の界面に沿って内部に酸化が進行し、
黒鉛と基地の界面にSiO2やMnO等の酸化物を形成することがわかった。
片状黒鉛鋳鉄の黒鉛は共晶セル内だけでなく、共晶セル間においても一部黒鉛が連続しているため、
酸化は共晶セルを越えて内部に進行する。
黒鉛と基地の界面に生成した酸化物は、溶接時の熱によって黒鉛と反応してCOガスを生成するため、
片状黒鉛鋳鉄はピンホールが発生しやすいことがわかった。
球状黒鉛鋳鉄にピンホールが発生しないのは、黒鉛が独立していることによって酸化が進まないためである。
また、母材に含まれるC及びSiはピンホールの生成を助長し、Crは抑制することもわかった。
ピンホール発生に及ぼす母材成分の影響については、C、Si、Mn、Ni、Cuはピンホールを増加させ、
P、S、Cr、Mo、Mgは減少させることがわかった。
これらの元素の働きを要因ごとに整理すると、黒鉛の晶出量を増す元素、
もしくは黒鉛と基地の界面に生成する酸化物量を増す元素が多いほど、ピンホールを発生させやすいことがわかった。
逆に、耐酸化性を高める元素や鋳鉄の成長を抑制する元素、不動態を作る元素、共晶セル間に偏析しやすい元素、
COより安定な酸化物を作る元素などはピンホールの生成を抑制する効果が高いことがわかった。
特に、COより安定な酸化物を作る元素を母材に含有すると、ピンホールの発生を防止できることがわかった。
以上より、鋳鉄の溶接時に発生するチル及びピンホールの発生機構及び防止法がわかった。
チルは、母材が溶接棒と混ざらない単独凝固層が存在するため発生することがわかった。
チルを防止するためには、母材のセメンタイト共晶温度を低下させることと、冷却速度を小さくすることが有効である。
ピンホールは、片状黒鉛と基地の界面に生成する酸化物が、溶接時の熱で黒鉛と反応してCOガスを発生し、
このCOガスが溶接金属内に閉じこめられることによって発生することがわかった。
ピンホールを防止するためには、黒鉛の成長を促す元素を減少させ、
耐酸化性を増す元素やCOより安定な酸化物を生成する元素を鋳鉄母材に添加することが有効であることがわかった。
本研究で得られた研究結果により、製造現場における鋳鉄の溶接欠陥も低減できると期待できる。
また、鋳鉄母材を改良することで溶接性を高めることができるため、溶接性に優れるという付加価値を備えた鋳鉄の開発が可能となった。
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