氏 名 ほりえ まさのり
堀江 祐範
本籍(国籍) 東京都
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第109号
学位授与年月日 平成18年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第2項該当 論文博士
研究科及び専攻 連合農学研究科
学位論文題目 Lactobacillus crispatus および Lactobacillus gasseri のラミニンへの付着に関する研究
( Studies on adhesion to laminin in Lactobacillus crispatus and Lactobacillus gasseri )
論文の内容の要旨

 乳酸桿菌(Lactobacillus ) は我々にとって身近な細菌の一つで、 近年では様々な保健効果が解明され、プロバイオティクスとして注目されている。 Lactobacillus の保健効果を期待する上で、菌体が宿主の消化管にとどまること、 すなわち消化管への付着は重要である。 消化管では上皮細胞のほか、その下層に存在する基底膜に代表される細胞外マトリックス(ECM)も 細菌の付着の標的となる。 病原細菌の付着機構については、多くの報告がなされているが、 Lactobacillus の 消化管への付着機構は知見も少なく、病原細菌に比べ未知の部分が多い。 一方で、保健効果に関する研究は進んでおり、消化管に対する付着機構の解明はますます重要となっている。 消化管における細菌の付着の標的となる成分の中で、特にラミニンは多くの生理活性を持つ分子であり、 消化管の疾病にも関与している。 本研究では、プロバイオティクスへの応用という観点から、これまでに多くの保健効果が報告されている L. crispatus および L. gasseri にを対象にして、ラミニンへの付着機構を解明した。

 本研究では、これまで腸管由来 Lactobaccillus 菌株の付着性の評価に当たって、 殆ど検討された例が無かった、培養条件が付着性に与える影響を先ず検討した。 初めに、主としてヒト糞便から分離した L. gasseri のECMタンパク質への付着性に与える 培養条件の影響を検討した。 その結果、 L. gasseri では試験に用いたすべての菌株で、寒天平板上で 嫌気培養することにより、固定化ラミニンに対する付着性が発現することが明らかとなった。 これとは対照的に、液体培養した菌体で付着性は観察されなかった。 また、固定化ラミニンに対する菌体側の付着因子およびこれに対するラミニン分子上の結合領域の同定を試みた。 その結果、この付着には、 L. gasseri の菌体表層タンパク質とラミニン糖鎖中の マンノース残基との結合が関与している事が明らかにした。

 次に、新たにニワトリ糞便から L. crispatus を分離し、付着に与える培養条件の検討を行うこととした。 しかし、 L. crispatus には簡便で迅速な同定法が無かったので、PCR法による迅速同定法を開発した。 すなわち、 L. crispatus については L. gallinarumL. amylovorusL. acidophilus と非常に近縁であり、L. gasseri 等で用いられている 16S rRNA 遺伝子領域を 標的としたPCR法による同定は困難であった。 L. crispatus は S-layerタンパク質を有することが知られているので、 新たにS-layerタンパク質遺伝子を標的として、 L. crispatus のPCR法による同定を試みた。 S-layerタンパク質には菌種特異的な領域があることから、すでに配列が明らかな L. crispatus JCM 5810のS-layerタンパク質の遺伝子配列を基に新たにプライマー(CbsA2F および CbsA2R)を設計した。 L. crispatus 類縁菌種の基準株と参考株を用いた実験を行い、このプライマーと KOD DNA ポリメラーゼと 組み合わせて用いることで、正確に L. crispatus が同定できることを明らかにした。

 新たにニワトリ糞便から分離し、CbsA2F および CbsA2R プライマーを用いたPCR法で同定した L. crispatus について、付着に与える培養条件の影響を検討した。 前述のように L. crispatus は菌体表層が S-layer タンパク質に覆われているので、 S-layerタンパク質の付着因子としての可能性について検討を行った。 その結果、L. crispatus においても寒天平板上で嫌気培養することにより、 一部の菌株では固定化ラミニンにへの付着性が発現した。 L. gasseri の場合と異なり、L. crispatus では培養条件により付着性が変化しない菌株もあった。 ラミニンの対するL. crispatus 菌体表層の付着因子として、S-layerタンパク質を同定した。 また、ラミニン分子中の結合領域は L. gasseri と同様に糖鎖中のマンノース残基と推定した。

 さらに、L. crispatus のS-layerタンパク質のラミニン分子に対する結合領域を推定するために、 本研究で新規に分離した株を含む9菌株のL. crispatus のS-layerタンパク質遺伝子の塩基配列を決定した。 塩基配列から、各菌株のS-layerタンパク質の一次構造を推定した。 高付着性株と非付着性株のS-layerタンパク質の一次構造を比較することで、 ラミニンに対する付着性とS-layerタンパク質の一次構造との関連を検討したが、 一次構造とラミニンへの付着性との間に明確な関連性は見いだせなかった。 従って、付着性にはS-layerタンパク質の高次構造が関与しているのではないかと考えられた。

 本論文では、液体培養で付着性が見られなかった L. crispatus および L. gasseri 菌株で、 平板嫌気培養により付着性が誘導されることを明らかにした。 従って、腸管由来の菌株では、腸内環境に近い条件で培養することが腸管への定着性の良好な菌株の 選抜には必要であると考えられた。