氏 名 なかつか たかし
中塚 貴司
本籍(国籍) 大阪府
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第107号
学位授与年月日 平成18年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第2項該当 論文博士
研究科及び専攻 連合農学研究科
学位論文題目 Molecular Biological Studies on Mechanism of Flower Pigmentation in Gentian plants
( リンドウ花弁における発色機構の分子生物学的研究 )
論文の内容の要旨

 リンドウ花弁の青色の着色には、アントシアニン色素が関与しており、 その主要色素は、ゲンチオデルフィンであることが知られている。 しかし、リンドウにおけるアントシアニン生合成はどのように制御されているかは不明であったため、 本研究では体系的な解析によりその解明を試みた。

1.リンドウのアントシアニン生合成遺伝子の単離とその発現様式の解析を行った。 本研究において新たに4つのフラボノイド生合成関連遺伝子(フラボノイド 3-水酸化酵素 (F3H) 、 アントシアニジン合成酵素(ANS) 、フラボノイド 3'-水酸化酵素(F3'H) と フラボン合成酵素Ⅱ(FSⅡ) 遺伝子)をリンドウ品種マシリィの花弁 cDNA から単離した。 既知の遺伝子を含めたフラボノイド生合成に関与する10個の遺伝子についてリンドウ花弁発達段階における 遺伝子発現を調査した。 ノーザンブロット解析の結果、それらの遺伝子は、蕾から開花段階まで一貫して発現している グループⅠ(CHS と CHI )、蕾段階で強い発現を示すグループⅡ(F3'HFSⅡ )、 着色に伴い発現が強くなるグループⅢ(F3H, F3',5'H, DFR, ANS, 3GT, 5AT )に分類された。 グループⅡの遺伝子発現はフラボンの蓄積と、グループⅢはアントシアニンの蓄積と開花ステージにおける 変動が一致し、アントシアニンおよびフラボン生合成がそれぞれの生合成を触媒する酵素遺伝子の 転写レベルで制御されていることが示唆された。

2.リンドウ花弁から単離した GtF3'HGtFS/Ⅰホモローグの基質特異性を 調査するために機能解析を行った。 両酵素は cytochrome P450 に属し、花色素生合成において重要なステップを触媒している。 Yeast発現系を用いて合成した組換えGtF3'H は apigenin を、一方 GtFSII はnaringenin を最もよく 基質として反応した。 さらに、GtF3'H を過剰発現させたタバコ形質転換体では、アントシアニン含量が 野生型より増加し花色が濃くなった。 一方、 GtFSII 過剰発現体ではアントシアニン含量が野生型の30%まで減少し、 さらに野生型タバコでは生成されないフラボン(特に luteolin)が蓄積し花色が薄くなった。 この2つの cytochrome P450 遺伝子は、それぞれのホモローグの酵素として触媒し、 さらに他種植物において花色改変に利用できることが示された。

3.リンドウは、本来青色の花を有しているが、従来育種における自然突然変異の集積により、 白花とピンク花リンドウが育成されている。 これの花色変異に関与した原因遺伝子の特定を試みた。 白花リンドウには2つの変異が存在し、それぞれANS 遺伝子または後期段階を触媒する フラボノイド生合成遺伝子発現を制御する転写因子の変異が関与していた。 転写因子変異による白花リンドウは、普段茎の着色が観察され、低温に遭遇すると花弁が着色するのに対して、 ANS 変異の場合はどの組織においても着色は認められなかった。

 一方、ピンク花リンドウは、デルフィニジン生合成能が欠失しシアニジンのみが蓄積していたことから、 F3',5'H 遺伝子の変異によるものと推定され、シークエンス解析を行った。 独立した2つのピンク花リンドウの F3',5'H 遺伝子には転移因子の挿入が観察され、 F3',5'H 酵素活性の消失がピンク花化に必須であることが示された。 また挿入されていた転移因子は、それぞれ hAT DNA 型トランスポゾンと terminal repeat retrotransposon in miniature(TRIM) であり、ともにタンパク質をコードしていないことから 非自立型因子であると予想された。 本研究が、リンドウ属におけるトランスポゾン単離に関する最初の報告である。 今後は、さらにトランスポゾンの転移条件等を研究することで、リンドウ育種への応用等が期待される。

4.リンドウの花色多様化を目指し、タバコ植物をモデル系に用い花色改変のターゲット遺伝子の選定を行った。 リンドウには黄花は存在せず、黄花リンドウの育成が新たな需要の拡大に期待される。 黄色を呈するフラボノイド色素としてカルコンが知られているが、カルコンはカルコン異性化酵素(CHI)および 非酵素的に無色のナリンゲニンに変換されるため、それを蓄積させることが困難だと考えられてきた。 本研究では、RNA interference(RNAi)によりCHI 遺伝子を抑制した形質転換タバコにおいて、 花弁は淡い黄色、花粉はカルコンの蓄積により黄色に着色した。 この結果は、遺伝子工学による CHI 遺伝子を抑制させ花色を改変した最初の報告である。

 本研究で得られた知見をもとに、リンドウの花色素形成に関わる制御メカニズムの一部が特定された。 これまでに開発されたリンドウ分子育種に関わる手法を利用して、花色改変に必要な遺伝子発現の抑制や 有用な外来遺伝子の導入を行い、従来育種では育成困難な花色をもつリンドウ品種の育成への 足がかりになるだろう。 さらに、白花とピンク花リンドウの変異箇所が特定されたことから、その遺伝子座を指標とした分子マーカの 開発により育種の効率化に対する支援技術を提供できるものと考えている。