氏 名 いずみ まきこ
和泉 眞喜子
本籍(国籍) 宮城県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第106号
学位授与年月日 平成18年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第2項該当 論文博士
研究科及び専攻 連合農学研究科
学位論文題目 調理がホウレンソウのえぐ味に及ぼす影響とその機構
( The Effect of Cooking on Decrease in Acridity of Spinach and Its Mechanism )
論文の内容の要旨

 アクとはえぐ味、苦味、渋味など味覚に不快な作用を与える成分をいうが、 山野菜はアクを含むものが多いため、山野菜を食品として利用するためにはアクの成分と食味との 関連を究することが重要である。 ホウレンソウのアク成分であるシュウ酸に関する研究は数多くみられるが、調理後口に入る段階における 研究はきわめて乏しい。 ホウレンソウは加熱調理をする例が多いことから、生の段階でのえぐ味成分の変化だけではなく、 調理後の変化と食味を明らかにすることが非常に重要である。 そこで本論文では、まず山菜のえぐ味について検討を行い、次いでホウレンソウのえぐ味の原因となる シュウ酸含量の周年動向、消費者の青菜調理の実態、えぐ味の発現機構、そして調理法に至る幅広い検討を行った。 その結果、下記のことが明らかになった。

①ワラビを30%塩漬け後塩抜きすることによりえぐ味は消失しており、4カ月塩蔵後塩抜きをした ワラビの葉柄下部の硬さは塩抜き方法や部位、塩蔵前のアク抜きの有無による差はみられなかった。 山菜のアク成分と考えられているのは無機成分であるが、塩蔵後塩抜きをしたワラビ中のカルシウムや ナトリウムは生より増加し、カリウムやマグネシウムは減少し、ワラビ中にはほとんど残存していなかった。 カリウムイオンの含量とえぐ味とは強く相関すると言われているが、ワラビでは、カリウムイオン含量だけが えぐ味に影響するわけではないことが明らかになった。

②ホウレンソウのシュウ酸およびカリウム含量の周年変動と調理による変化を解析した結果、 生ホウレンソウのシュウ酸含量は9,10月が高く、ゆでホウレンソウは9月~1月に高い傾向が認められた。 ホウレンソウのシュウ酸のゆで後の残存率は夏期より冬期が高く、遊離シュウ酸の割合が高いと ゆで後の残存率は低い傾向が示された。 ゆでホウレンソウの遊離シュウ酸含量が多いとえぐ味が強かった。 シュウ酸含量とカリウム含量には正の相関関係がみられ、カリウム含量が多いものはえぐ味も強いことが示唆された。

③ホウレンソウのゆで調理における食塩の使用の実態は、いずれの場合もひとつまみ使用する場合が多く、 その濃度は0.1%以下であった。 塩添加の目的は「色を良くする」が多く、次いで「アク抜き」であったが、現状の食塩の使用量では アク抜きの効果は得られていない可能性がある。

④食塩添加ゆでホウレンソウのえぐ味の感じ方とシュウ酸および無機成分含量との関連を調べた。 食塩を1~3%添加してゆでたホウレンソウの官能評価は、水だけでゆでるよりも色や風味が良く、 えぐ味も感じにくくなる傾向が示された。 市販食用塩の種類を変えてゆでた場合、水ゆでや天塩添加ゆでに比べて精製塩、食塩添加ゆでが有意に えぐ味を感じなかった。 しかし、食用塩添加ゆでホウレンソウのシュウ酸量とえぐ味の官能値との関連はみられなかった。 このことから食用塩添加ゆでホウレンソウのえぐ味が感じられない理由は、シュウ酸量が減少したからでは ないことが明らかになった。 ナトリウムなどの無機成分がえぐ味を感じにくくさせていることが示唆された。

⑤ゆで水量の違いがホウレンソウの食味やシュウ酸ならびにカリウム含量に及ぼす影響を調べた。 その結果、風味および総合評価の官能評価はゆで水量が多くなるにつれて評価が低くなる傾向が示された。 シュウ酸含量はゆで水量が多いほど減少率が大きかった。 しかし、えぐ味に影響すると考えられる遊離型のシュウ酸はゆで水が5倍量と20倍量とでは 約100mg/100g の差であり、官能評価による差は認められなかった。 以上の結果から、ゆで水量はホウレンソウ重量の5倍程度が適切であることが明らかになった。

⑥シュウ酸のえぐ味に及ぼす機構を探るため、えぐ味モデル系における味の官能評価実験を行った。 シュウ酸溶液でえぐ味が関知されるのは2.5mM 程度からであり、10mM ではえぐ味が強くなった。 シュウ酸カリウム溶液の場合、えぐ味は5~10mM でわずかに感知され、50mM 以上になると明確になった。 シュウ酸溶液やシュウ酸カリウム溶液に塩化ナトリウムやペクチンを添加すると、えぐ味感が有意に軽減した。 えぐ味の弱まる原因として、塩味による抑制作用や、ペクチンによる粘度増加によりえぐ味物質の 味蕾への接触の抑制、およびペクチンのイオン交換作用が示唆された。