氏 名 いのうえ ひろあき
井上 寛暁
本籍(国籍) 埼玉県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第101号
学位授与年月日 平成17年9月30日 学位授与の要件 学位規則第4条第2項該当 論文博士
研究科及び専攻 連合農学研究科
学位論文題目 ブタにおけるレプチンのグレリン分泌調節作用に関する研究
( Studies on the regulatory effect of leptin on ghrelin secretion in swine )
論文の内容の要旨

 レプチンは主に脂肪細胞より分泌されるペプチドホルモンであり、 動物へのレプチン投与は食欲抑制、エネルギー消費を増大させ、体脂肪を減少させる。 一方、グレリンは主に胃より産生・分泌され、その作用は摂食亢進、エネルギー消費の減少および 体脂肪の蓄積など、レプチン作用に拮抗している。 これら両ホルモンの分泌は短期あるいは長期の栄養変化に対し逆方向に調節されており、血漿グレリンと レプチン濃度の間には負の相関がみられることから、レプチンおよびグレリンは相互にその分泌を 調節し合う可能性が考えられる。 そこで本研究ではレプチン投与によるグレリン分泌調節への影響を検討した。

 まず初めに、ブタにおける血中グレリンおよびレプチンの動態を特徴付けることを目的として、 絶食そしてそれに続く再給餌という一連の栄養変化に対するグレリンの分泌動態を検討した。 その結果、血漿グレリン濃度は絶食により増加した。 しかしながら、その増加は絶食期間を通して持続せず、深夜に頂値に達した後、朝にかけて減少するという 特徴を示した。 絶食期間中の血漿レプチン濃度は低値を維持した。 このことから、負のエネルギーバランス下において血漿レプチンとグレリン濃度は正反対に変動することで、 エネルギー恒常性維持に働いたと考えられる。 再給餌後の血漿グレリン濃度は増加を示した。 これはヒトおよびラットでの報告と異なるものの、離乳期の仔豚における報告では増加傾向を示すことから、 絶食期間の長さ、動物種あるいは年齢といった絶食に対する適応能力の違いによるものと考えられた。 試験期間を通して血漿レプチンとグレリンとの間には負の相関がみられたことから、エネルギーバランスの 変化に対しレプチンとグレリンは密接に関連している可能性が示唆された。

 そこで、レプチン投与による血漿グレリン濃度への影響を検討するため、安価に、 そして短期間にブタレプチンを獲得する方法として、pETベクターを用いた組換えレプチン蛋白発現系の 構築ならびに精製法の確立を試みた。 菌体破砕液からの組換えレプチンの精製には、ゲルろ過を用い、レプチン蛋白の再生には透析を用いた。 培養菌液1Lあたり約20mgの精製レプチンが回収され、その純度は99%以上となった。

 また、得られた組換えレプチンを用いて家兎に免疫し、レプチン抗血清を得るとともに、 これを用いたRIAによる血漿中レプチン濃度測定法を確立した。 その結果、測定感度は5pg/ml、ED50は4.5ng/ml、アッセイ内およびアッセイ間変動係数は順に2.9, 7.0%であった。 血漿希釈試験および回収率においても良好な結果が得られた。

 さらに、血漿グレリン濃度測定法として、生理活性型であると考えられるアシル化修飾グレリンを 特異的に認識する抗体を用いたRIA法を確立した。 使用する抗体には、グレリンの3番目のセリン残基に修飾したn-オクタン酸を特異的に認識する抗体を使用し、 二抗体法による測定系を設定した結果、測定感度は24.3pg/ml、ED50は321.0pg/ml、アッセイ内およびアッセイ間変動係数は 順に3.5および9.0%であった。 血漿希釈試験および回収率においても良好な結果が得られた。

 これらを用いて、絶食下における組換えブタレプチンの12時間連続注入(10μg/kgBW/h)を行い、 血漿グレリン濃度への影響を調べた。 レプチン注入により血漿レプチン濃度は4.5±1.3 から 53.7±4.7ng/ml まで有意に上昇し、 対照区と比較して有意に高くなった(P<0.05)。 しかしながら、血漿グレリン濃度に著しい変化は認められず、両区の間に有意な差はみられなかった。 このことから、絶食下においてレプチンはグレリン分泌に影響しない、あるいはin vivoにおける レプチン投与は直接的あるいは間接的な他のホルモン分泌への影響が考えられ、これによりレプチンの グレリン分泌抑制作用は打ち消されたのかもしれない。

次に、(1)1日3回、1週間の組換えレプチン(30μg/kgBW)を投与するレプチン投与区  (2)生理食塩水投与を行う対照区 (3)生理食塩水投与を行うと共にレプチン投与時の摂取量と 同量の飼料給与を行う制限給餌区の3つを設定し、1週間のレプチン投与によるグレリン分泌への影響を検討した。 レプチン投与区と比較して、制限給餌区の血漿レプチン濃度は有意に低かった(P<0.05)。 血漿グレリン濃度は制限給餌区で徐々に上昇したのに対し(P<0.05)、レプチン投与区では この上昇はみられなかった。 以上のことから、飼料給与制限によりみられる血漿グレリン濃度の上昇は、レプチン投与により抑制される。 このことから、レプチンの摂食抑制作用は、中枢への直接的作用のみならず、末梢においては摂食亢進作用を 有するグレリン分泌抑制をも含む可能性が示唆された。