氏 名 とうくら ゆうじ
藤倉 雄司
本籍(国籍) 愛媛県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第355号
学位授与年月日 平成18年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目 アンデス高地のアカザ科雑穀キヌアとカニワの生態と利用に関する研究
( Studies on ecology and utilizaiton of the family Chenopodiaceae grains, quinua and canihua, of the Andean highland )
論文の内容の要旨

 アンデス高地で栽培されているアカザ科雑穀キヌア(Chenopodium quinoa) と カニワ(C. pallidicaule) は優れた環境適応性をもち、その子実は高いタンパク質含量と理想的な アミノ酸組成をもっている。 このため、食糧不足に直面している世界の乾燥地や塩類集積地へこれら両種を導入し、 食糧増産に活用することが期待されている。 本研究では、キヌアとカニワの生態と利用について、以下の5つの観点から研究を行った。

 1.現地調査

 キヌアとカニワは、現在、ボリビアとペルーの国境にあるティティカカ湖周辺において主に栽培されている。 この地域において、多様性に富んだキヌアとカニワの品種群を観察した。 特に、伝統的農法を維持している、アイノカやマンダと呼ばれる共同耕地においては、 多くのキヌア在来品種が利用されており、同時に随伴雑草のアジャラ(C. hircinum) も普通に見られた。 また、キヌアは、ボリビア南部の環境条件の厳しい塩類集積地では主食として利用されていた。

 2.キヌアの品種内系統分化と遺伝的多様性に関する研究

 キヌアは、谷型、高原型、塩地型、海岸型の4つの品種群に分類されている。 そこで、アンデス各地で収集したキヌア202品種を用い、9酵素18遺伝子座におけるアロザイムの 多型性を調査した。 さらに、この中の79種と、随伴雑草のアジャラ15系統、および栽培種 C. nuttalliae の 2系統を加えて、ミトコンドリアDNA上の12領域と、葉緑体DNA上の9領域について、 5種類の制限酵素の組み合わせによるPCR-RFLP分析を行った。 アロザイム分析の結果、多型遺伝子座の割合は0.50、遺伝子多様度は0.13と低い値を示した。 また、ミトコンドリアDNA、葉緑体DNAのPCR-RFLP分析の結果からも、多型はわずかだけ認められた。 これらの結果は、キヌアの栽培化がごく限られたジーンプールから始まったことを示唆している。 つまり、キヌアはティティカカ湖周辺のごく限られた地域で栽培化が始まり、その後、 南アメリカ各地の異なる環境条件下において現在の品種群が形成されていったものと推測される。

 3.キヌアとその近縁種の耐乾性に関する研究

 キヌアとカニワ、随伴雑草のアジャラに乾燥ストレスを与え、生育反応を調査した。 乾燥ストレスにさらされると、キヌアは急激に水ポテンシャルを下げたのに対し、 カニワはゆっくりと水ポテンシャルを下げた。 これにはカニワの高い相対含水量が関係していた。 水ポテンシャルと相対含水量の関係を見ると、カニワはキヌアより少ない水分損失で水ポテンシャルを下げていた。 また、ポリエチレングリコールによる細胞膜抵抗性を調べたところ、カニワはキヌアより強い細胞膜を持っていた。 これらの結果より、カニワは強い細胞膜抵抗性を利用して水分損失を防ぎながら水ポテンシャルを下げるのに対し、 キヌアは急激に水ポテンシャルを下げ、浸透圧の調節をはかっていたと推察された。

 4.雑草4種の稚苗における引き抜きとせん断抵抗性に関する研究

 機械的除草に必要とされる、稚苗の引き抜き強度を天秤型の測定装置を用いて測定し、 茎基部のせん断強度をハサミ型測定装置を用いて測定した。 使用した雑草はイネ科雑草2種(アキノエノコログサ Setaria faberi とイヌビエ Echinochloa crus-galli var. crus-galli )、 および広葉型雑草2種(シロザ Chenopodium album とホソアオゲイトウ Amaranthus patulus )である。
 引き抜き強度、せん断仕事量、DM重、茎の断面積は稚苗の生長に伴い指数関数的に増加した。 引き抜きストレスとせん断靭性は2回目の調査以降は類似した値を示した。 引き抜き強度とせん断仕事量の増加は、広葉型雑草では茎の、イネ科雑草では偽茎の肥大化によってもたらされた。 アカザ科のシロザにおける引き抜きストレスとせん断靭性の高い値は、 茎基部において組織のリグニン化が顕著なためにもたらされた。

 5.帯広市におけるキヌア栽培試験

 キヌア196系統を圃場で栽培し生育を調査した。 種子登熟までの期間は海岸型で109日、高原型で175~185日であった。 海岸型品種群が最も高い種子生産を示し、個体あたり21.3gであった。 海岸型の種子は穂発芽したものが多く、またカメムシによる食害を受けているものが多かった。 高原型の中には、個体あたり25g以上の種子生産を示した系統が5系統あった。 これらの系統は、9月以降の乾燥した時期に種子を肥大させたため、品質の良い種子を生産した。 北海道へキヌアを導入する場合、生育期間が短くて収量が高かった海岸型品種群が有力であると観察された。 また、高原型の中から日長に非感受性の品種を選抜することも一つの選択肢であると考えられた。

 本研究では、稚苗の初期生長や耐乾性のメカニズムなど、キヌアとカニワの優れた環境適応性を明らかにした。 このような優れた環境適応性を持つアカザ科雑穀を有効に利用することで、 乾燥地や塩類集積地において食糧生産が改善される可能性が示唆された。