氏 名 たむら まさひこ
田村 雅彦
本籍(国籍) 北海道
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第348号
学位授与年月日 平成18年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 ビートモラセスを原料としたセレブロシド高蓄積酵母の培養技術の開発
( Studies on cerebroside production by yeasts from beet molasses )
論文の内容の要旨

 北海道の主要畑作物である甜菜を原料とした製糖副産物であるビートモラセスを 発酵原料としセレブロシド蓄積能の高い酵母を培養することで、効率的にスフィンゴ糖脂質を生産し、 それを以って地域における新産業の創出につなげることを目標とし研究を行った。 その研究成果の概要は以下の通りである。

【好気条件でのセレブロシド蓄積】

 Saccharomyces kluyveri研究機関保存菌株のセレブロシド含量と菌体収率の関係を明らかにし、 育種素材とし活用できる高蓄積株を選抜し、胞子分離、交雑育種、薬剤耐性変異株の取得についての検討を進めた。 交雑育種では使用した親株のセレブロシド蓄積能を超える交雑株が取得できず、交雑に供する親株について セレブロシド蓄積能を中心とした遺伝的背景を整えた系統育成を行う必要があると判断した。

 また、薬剤耐性株の取得では復帰変異により薬剤耐性の維持が難しかった。 そのため、酵母の多剤耐性機構(Pleiotrophic Drug Resistance)を破壊した超感受性変異株を用いて、 特定の薬剤耐性株の取得を検討することも一手法として検討しなければならないと考えられた。 結果としてCBS4800に由来する胞子分離株の中から工業的生産に適した菌株として 胞子分離株SP-25を作出した。

 引き続いて、糖蜜の種類や無機塩類等の量を変えた上で、バッチあるいは糖蜜流加によるジャー培養を検討した。 この結果からは研究機関保存菌株をスクリーニングした際に見られていた菌株菌体増殖と セレブロシド蓄積が相反するという現象が、培養条件により菌体増殖が変化した場合にも観察された。 これらの知見を基に、工業的生産を行う場合の方法として、栄養条件下で菌体を取得した後、 栄養制限下で再度培養することで、セレブロシドのみならずセラミドも含めた含有量を増加させうることを発見した。 さらに、含有量を高めながら菌体量の減耗の少ない条件としてエタノール2%を含む培地を見出した。 セレブロシドの増量をもたらす原因を探るため、栄養条件と無栄養(脱塩水)で培養した場合の セレブロシド合成系遺伝子の発現解析を行い、合成系遺伝子の発現量が周期的な変動を伴う 特徴ある動きを明らかにした。 これらの研究結果を基に、エタノールストレスを受けた細胞では熱ストレスと同一のヒートショック遺伝子が関わり、 防御機構として細胞周期を停止していると推定した。 また、細胞周期の停止にはセラミドの増加が関与することから、増加したセラミドの細胞内濃度調節機構における セレブロシドの役割の面も含めてエタノールストレスによるスフィンゴ脂質含有量の変化について考察を加えた。

【嫌気条件でのセレブロシド蓄積】

 ワイン醸造における香気生成への関わりや冷凍耐性パン酵母への適用など食経験が豊富な菌種であり、 セレブロシドを含有する酵母である Kluvyeromyces thermotolerans によるエタノール発酵残渣から スフィンゴ脂質を回収する検討を行った。 農業副産物を原料としたエタノール発酵はバイオフューエルの供給源として注目されており、 産業界にとっては地球温暖化防止に関わる京都議定書の締結による二酸化炭素排出量の厳しい制限が 求められている現状では必要な技術である。 エタノール生産とスフィンゴ脂質生産を同時に行うことで、双方の生産価格の低減によるコストメリットも 高めることが可能と考えた。 研究機関保存菌株についてエタノール生産とスフィンゴ脂質含量を指標とした選抜を行い、 NBRC1685株を選出した。 本菌株について実用化に必要な能力を確認するためエタノール生産能力の確認を行った結果、 伝統的なSaccharomyces 属のアルコール酵母と同等のエタノール発酵性能を持ち、 連続発酵の維持も可能であったことからエタノール生産性の高い実用株であることを確認した。 また、エタノール発酵という嫌気条件では脂肪酸組成における鎖長変化やスフィンゴイド塩基の 組成変化が観察された。 これは、嫌気条件では不飽和化反応や水酸化反応が阻害された結果と推定された。 このように、エタノール発酵という嫌気条件を取り入れることで、将来、スフィンゴ脂質分子種別の 生体機能特異性が明らかとなった場合に、任意の分子種組成を有するセレブロシドを生産できる可能性を示唆した。

 K. thrmotolerans において嫌気条件で見られた変化をどのようにコントロールし 目的の構成を持った分子種を増加させるか、また、エタノール存在下・非存在下での嫌気条件での変化や 嫌気条件から好気条件へシフトした場合の変化などについても検討の余地がある。 さらに、嫌気条件での生育が抑制されるS.kluyveri についても栄養制限培地と嫌気条件の 組み合わせの効果も興味深い課題であろう。