氏 名 たかはし ただし
高橋  正
本籍(国籍) 岩手県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第340号
学位授与年月日 平成18年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 カイコにおけるストレス誘導性の分子シャペロンと生体防御機構に関する研究
( Studies on the molecular chaperons induced by stress responsible for the biological defense system in Bombyx mori )
論文の内容の要旨

 本研究ではカイコを供試昆虫として、ストレス誘導性の分子シャペロンと 生体防御機構に関する研究を行なった。

 第一章では昆虫の生体防御系が自然免疫系のみから構成されていることに注目し、 近年免疫系との関連性が示唆されている小胞体分子シャペロンと自然免疫系との関連性について解析を行った。 はじめにカイコにおけるcalreticulin(CRT)遺伝子とプロモータのクローニングを行った。 その結果からCRTプロモータには生体防御系遺伝子の発現に関与することが示唆されているCATT(A/T)配列が 多数含まれていることが示された。 そこでLPSに対するCRT遺伝子の応答性をカイコ幼虫体内における5種類の主要組織別に解析したところ、 脂肪体でのみ特異的に誘導されることが示された。 さらにLPSによる脂肪体での発現誘導は、24時間以内で一過的であることが示された。 自然免疫系は体液性反応と細胞性反応とに分類されるが、脂肪体は抗菌ペプチドの合成・分泌などの体液性反応のみに関与する。 そこでCRTと抗菌ペプチドとの関連性について解析を行ったところ、脂肪体の細胞表面で発現しているCRTが抗菌ペプチド遺伝子の 発現を選択的に制御するシグナル伝達系に関与していることが示唆された。

 第二章では、絹糸の主要構成タンパク質であるフィブロインの合成・分泌に特化した後部絹糸腺に注目し、 タンパク質の高次構造と品質管理機構との関連性についての解析を行った。 フィブロインはfhx/P25、light-chain(L-chain)、heavy-chain(H-chain)の3種類のサブユニットが1:6:6の 割合で会合した「フィブロイン基本単位」から構成されている。 一方、fib-Llocus に遺伝的変異を有する品種Nd-sD では、fibroin L-chain の106番目以降の アミノ酸が全く異なる配列へと置換されているために、フィブロイン基本単位の形成に必要なH-chainとの ジスルフィド結合が形成されない。 その結果として、フィブロイン構成因子は正しい高次構造形成ができず小胞体内に蓄積していることが 電子顕微鏡観察や、ショ糖密度勾配遠心分離法を用いた解析から示されている。 以上の知見から、後部絹糸腺細胞ではフィブロイン基本単位の高次構造を厳密に認識し、 分泌輸送系への移行を制御している機構が存在していることが示唆された。 そこで本研究では野生型品種(DAIZO)と変異型品種(Nd-sD) の後部絹糸腺細胞内で発現している 遺伝子を比較解析することによって、フィブロイン基本単位の品質管理機構に関与する遺伝子を スクリーニングすることを目的とした。 そこで represetational difference analysis(RDA)の手法を用いて、フィブロインの合成・分泌が 最も盛んな5齢2日目から6日目の各日において、DAIZOもしくは(Nd-sD)で特異的に発現が 亢進する遺伝子をスクリーニングした。 その結果、Nd-sD では、BiP、Hsc70-4、Hsp23.7などのheat shock proteinが誘導され、 リソソームプロテアーゼである cathepsin B の発現が亢進していることが示唆された。 一方で、転写・翻訳系関連因子やfhx/P25の発現はDAIZOに比較して抑制されていることが示唆された。 そこでRDAによってスクリーニングされた遺伝子を定量的に解析するため、DAIZOおよびNd-sD の 5齢2日目から6日目の各日におけるmRNAの発現量を Northern blotting で解析したところ、 RDAによって示唆されていた結果とほとんど一致していることが示された。 以上の結果を Nd-sD に関してまとめると、(1)翻訳系の活性が低下しfhx/P25の発現が抑制されている、 (2)分子シャペロンの発現が誘導される、(3)タンパク質分解系関連因子の発現が亢進する、 ということが示された。 これらの結果から、Nd-sD の後部絹糸腺では異常タンパク質の発現に応答する危機管理的な 品質管理機構である unfolded protein response(UPR)が誘導されていることが示唆された。