氏 名 おおとも かずこ
大友 一子
本籍(国籍) 宮城県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第339号
学位授与年月日 平成18年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 イネのフィトアレキシン生合成に関与するジテルペン環化酵素に関する研究
( Studies on diterpene cyclases responsible for biosynthesis of phytoalexins in rice )
論文の内容の要旨

 フィトアレキシンは、病原菌の侵入、UVなどのストレス刺激により植物側に蓄積される 低分子の抗菌性物質であり、その生産は、動物の免疫系に似た植物の動的防御システムと考えられている。 重要穀物であるイネにおいては、15種類のフィトアレキシンの単離が報告されているが、そのうち ジテルペノイドが14種類も占めている。 ジテルペン系フィトアレキシンは、ジテルペン共通の前駆物質であるゲラニルゲラニル二リン酸(GGDP)から、 ent-コパリル二リン酸(CDP)あるいはsyn-CDPを経て生成する炭化水素が、 酸化されて生合成されると考えられているが、生合成酵素遺伝子の単離については報告例がなかった。 そこで本研究は、ジテルペン系フィトアレキシン生合成初期段階を触媒する環化酵素に着目し、 そのcDNAクローニングと特徴付けを行った。

 第一章は、イネの葉からジテルペンフィトアレキシンの生合成に関与する環化酵素遺伝子の単離と 機能解析を行った。 イネのフィトアレキシン合成誘導系として、葉にUV照射する方法を用いた。 他のB型ジテルペン環化酵素に高く保存されているモチーフを基にした縮重プライマーを用いたRT-PCR法により UV処理で発現量が著しく増加するOsCyc1OsCyc2 をクローニングした。 大腸菌内発現組換えタンパク質を用いた機能解析により、それらは syn-CDP 合成酵素と ent-CDP 合成酵素をそれぞれコードすることを示した。 また、A型環化酵素については、近年公開されたゲノムデータベースを基にして、UV処理による発現量増加を 指標として遺伝子を探索し、すでにフィトアレキシン生合成遺伝子として特定されていた OsDTC/OsKS7OsDTC2/OsKS8 を除く2種の遺伝子、OsKS4OsKS10 を 候補として絞り込んだ。 組換えタンパク質を用いて、それらが、9β-pimar-7,15-diene 合成酵素(モミラクトン類の生合成に関与)と ent-sandaracopimaradiene 合成酵素(オリザレキシンA-Fの生合成に関与)をそれぞれコードすることを証明した。 さらに、本研究でent-CDP合成酵素遺伝子には、フィトアレキシン生合成に関与するもの(OsCyc2)と ジベレリン生合成に関与するもの(OsCPS1)が別々に存在する可能性を実証的に示した。

 また第二章では、同一反応を触媒する OsCPS1 と OsCyc2 の細胞生物学的な特徴の相違を検討するために、 OsCPS1欠損突然変異体(極矮性)にOsCyc2を異所性発現し、形質を観察した。 その結果、突然変異体の形質は半矮性まで回復し、部分的にOsCyc2 により相補された。 さらに、ジベレリンとジテルペンフィトアレキシンの共通の前駆物質であるGGDPの競合の可能性を検討するために、 野生型イネにOsCyc1 あるいは OsCyc2 を強発現させ、形質に与える影響を観察した。 その結果、両過剰発現体ではsyn-CDP や ent-CDP が蓄積したことが原因と考えられる生育阻害が見られた。 この結果は、上記のOsCyc2異所性発現した突然変異体が半矮性形質を示したのは、 同じくent-CDPの過剰蓄積が原因である、ということを示唆した。

 第三章はイネにおけるフィトアレキシンの生理的・病理的な役割について実証的に考察を加えるべく、 逆遺伝学的手法による解析の基礎として、フィトアレキシン生合成環化酵素遺伝子のトランスポゾン(Tos17)による ノックアウト体の選抜を行った。 本博士論文研究では、フィトアレキシンとしてだけではなく、最近アレロパシー活性が見出されたモミラクトン類の 生合成に関与するOsCyc1 のノックアウト体を探索した。 ミュータントパネルをPCRによりスクリーニングした結果、イントロン部分にTos17が挿入された1種のラインの 選抜に成功した。 今後、入手した種子群よりホモ系統を選抜し、形質を観察する。

 第四章は、ジテルペン環化酵素の反応機構解明研究の一環として、フィトアレキシン生合成環化酵素の X線結晶構造解析を行うための酵素の生産・精製や結晶化についての条件検討を行った。 これまでジテルペン環化酵素については結晶化の報告は一例もない。 B型環化酵素OsCyc1 と OsCyc2 について組換え酵素生産を検討したところ、OsCyc2 の方が 高発現だったので、本研究では以後、OsCyc2について詳細に追究した。 ホストとなる大腸菌5種を検討し、その中で最も高発現だったBL21を用いて、GST-OsCyc2を発現させた。 GSTタグを用いたアフィニティー精製、GSTタグのプロテアーゼによる切断・除去、ゲルろ過クロマトグラフィーを行い、 結晶化に適する精製度のタンパク質を得た。 今後、得られた精製酵素を用いて、種々の条件でOsCyc2の結晶化を試みる。