氏 名 伊藤 雅彦 本籍(国籍) 茨城県
学位の種類 博士 (工学) 学位記番号 工博 第119号
学位授与年月日 平成18年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 工学研究科 フロンティア材料機能工学専攻
学位論文題目 吸収式冷凍機の腐食・防食に関する研究
論文の内容の要旨

 吸収式冷凍機は、フロンを使用せず多様な熱源に対応できることおよび一台で 冷暖房できる等多くの特徴を有し、空調システムにおける熱源機として中、大型機の70%以上のシエアを有する。 反面、高温濃厚LiBr水溶液を吸収液とするため構成材料に対する腐食性が強く、しばしば腐食トラブルが生じる。 これを防止するためには、①LiBr水溶液中における材料の腐食挙動を明らかにし、 ②最適インヒビターによる腐食抑制方法を確立し、さらに③適切な管理および ④空冷化などのシステムの簡略化が重要である。 本論文では、LiBr水溶液中における冷凍機構成材料の腐食挙動の検討、インヒビターによる腐食抑制方法と 実用性の検討、電位計測に基づく吸収液の腐食性管理の基礎的検討および空冷化を可能にする 高溶解度LiBr/CaCl2混合吸収液の腐食特性とその抑制について実験検討した。 本論文は7章からなり、以下に概要を述べる。

 第1章では吸収式冷凍機の作動原理、開発経緯および腐食環境について触れ、問題点を整理した。 さらに従来研究例が上記①~④の観点から十分ではないことを指摘するとともに本研究の目的、意義について述べた。

 第2章ではインヒビターを含まない353~433K、1~25 mol kg-1 LiBr水溶液中の広い範囲における 冷凍機構成材料の基本的な腐食挙動について検討し、次のことを明らかにした。 (1)炭素鋼は、LiBr濃度および温度条件に対して腐食量が増減する複雑な腐食挙動を示すが、その挙動は水の活量、 溶液の粘性、Br-の腐食性および腐食生成物の付着性の観点から説明した。 また、炭素鋼の腐食は、電荷移動反応と拡散の混合支配により進行し、その腐食速度が大きいため 腐食抑制が不可欠である。 (2)銅、キュプロニッケルおよびステンレス鋼の腐食速度は炭素鋼に比較して十分に小さい。

 第3章では種々のインヒビターの特性把握およびインヒビター選定を目的に各種インヒビターを含む 433Kおよび23 mol kg-1までのLiBr水溶液中における炭素鋼の腐食挙動について検討し、次のことを明らかにした。 (1)腐食抑制の基本的手段であるアルカリ添加は、それのみでは腐食抑制が不十分であり、 他のインヒビターとの併用が不可欠である。 (2)検討した19種類のインヒビターの中で、有機物ではベンゾトリアゾール(BTA)、 無機物では酸素酸塩およびRuCl3の腐食抑制効果が高い。 その抑制作用は、BTAではbidentate構造のFe-BTA化合物の形成およびRuCl3ではシッコール反応の促進による Fe3O4皮膜の形成による。 (3)酸素酸塩の腐食抑制効果は、WO42-<NO3-<CrO42-<MoO42-の順に高く、腐食形態はNO3-およびCrO42-では孔食、 WO42-では全面腐食およびMoO42-では不動態である。 NO3-およびCrO42-における孔食は、Cr(Ⅵ)/Cr(Ⅲ)およびNO3-/NO2-の酸化還元電位がFe3O4の安定域の それより貴であるためと考える。 (4)酸素酸塩/BTA混合系では、酸素酸塩の濃度が低い場合、有効である。 (5)実用性の高いインヒビターとしてモリブデン酸塩を選定した。

 第4章ではモリブデン酸塩を主とするインヒビターの実用化を目的に、それを含む573Kおよび 23 mol kg-1までのLiBr水溶液中における冷凍機構成材料、特に炭素鋼の腐食抑制およびその機構について検討し、 次のことを明らかにした。 (1)LiOHとMoO42-濃度の組み合わせにより炭素鋼の腐食量/腐食形態が孔食、 全面腐食および不動態と複雑に変化するが、その挙動をLiBr濃度と関連づけて説明した。 (2)実機における最高溶液温度433Kおよび最高LiBr濃度21.4 mol kg-1条件において、 0.36 mol kg-1 LiOHと3×10-3 mol kg-1 MoO42-を 添加することにより炭素鋼を不動態化し実用上十分な腐食抑制効果が長時間安定して得られる。 これに1.3×10-3 mol kg-1 LiNO3を併用することにより炭素鋼の不動態化を 促進し腐食に伴う水素発生を軽減できる。 (3)本研究で得た腐食抑制条件(0.36 mol kg-1 LiOH+3×10-3 mol kg-1 MoO42-+1.3×10-3 mol kg-1 LiNO3)は 吸収式冷凍機特有の構造、材料条件下でも高い腐食抑制効果を示す。 (4)炭素鋼に生成した不動態皮膜は、MoO2と考えられるMo種を含むFe3O4からなり、 皮膜中のMo/Fe比が大きいほど腐食抑制効果が高い。 (5)LiOHは、皮膜中のカチオン空孔の移動を抑制する。 皮膜は局部的に破壊されるがMoO42-は適当な酸化電位を与えてカチオン空孔の 移動を抑制するとともに還元されて皮膜中に取り込まれる。 LiOHとMoO42-の相乗作用により高い腐食抑制効果を示すと考えられる。

 第5章では機内の吸収液の腐食性管理を目的に、Mo/MoO2電極を提案し高温濃厚LiBr水溶液中に おける基本特性およびこの電極を擬似内部参照電極として使用することを前提にFe電極電位とインヒビター濃度の 関係について検討し、次のことを明らかにした。 (1)Mo/MoO2電極は広い温度、LiBr濃度、LiOH濃度およびLiNO3濃度範囲において安定した電位を示し、 LiOH濃度に対してはネルンスト応答するが、Li2MoO4およびLiNO3濃度による変化はない。 (2)Mo/MoO2電極は、LiBr水溶液中の酸素の存在により顕著に変化する。 (3)Mo/MoO2電極は擬似参照電極として有用であり、それに対するFe電極の電位およびその変動から、 不動態および孔食発生を把握できる。

 第6章ではLiBr/CaCl2混合水溶液中における鉄系材料の腐食挙動と炭素鋼の腐食抑制について検討し、 次のことを明らかにした。 (1)393KのLiBr/CaCl2混合水溶液中において、炭素鋼の腐食量はLiBr/CaCl2比に依存し、 腐食性が最大となる全溶質濃度は、9 mol kg-1付近にある。 (2)低合金鋼の腐食生成物皮膜は厚いが欠陥が多く皮膜/素地界面での隙間腐食により腐食速度は炭素鋼より大きい。 (3) BTA/LiNO3の添加により炭素鋼を長時間安定して腐食抑制でき、 その濃度は各々1.7×10-3および1.5×10-3 mol kg-1が適当である。 腐食抑制作用はBTAによるbidentate構造のFe-BTA皮膜およびLiNO3によるFe3O4 皮膜形成の相補効果によると推察した。

 第7章は総括である。本研究で開発したモリブデン酸塩系インヒビターは、 吸収式冷凍機の基本的インヒビターとして国内外で実用されている。