氏 名 近藤 康人 本籍(国籍) 群馬県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第95号
学位授与年月日 平成17年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第2項該当 論文博士
学位論文題目 電気化学的手法を用いた水中微生物の除去および殺菌に関する研究
(Electrochemical Studies on Removal and Disinfection of Water Microorganisms)
論文の内容の要旨

 地球的規模で環境破壊が進み、生命を維持する根源である水資源においても自然の浄化能力 以上の汚染が進行している。安全な水の確保が今後益々重要になり、飲料水や生活用水では水中の微生物の 除去技術が特に重要となると考えられる。本研究では、電気化学的な手法を用いて、水中微生物の除去および殺菌に 関する基礎的な研究を行った。一つは、貴金属被覆チタン電極を用いた水の電解による電解生成物の利用であり、 もう一つは、水中微生物の電極への吸着により電解生成物を放出せずに除去する技術の開発である。

 電解生成物の利用では、各種貴金属被覆チタン電極を用いて模擬水道水(飲料用水道水に含まれる各無機イオン成分を 実験室で調合した水)を電解することで得られる殺菌効果等について検討した。その結果、各貴金属被覆チタン電極による 水の電解において、次亜塩素酸以外にオゾンも同時に電極反応により生成することを明らかにした。 オゾンの生成量は電極の種類により異なり、白金被覆チタン電極で多いことが分かった。また、白金被覆チタン電極の 電極反応によるオゾンの生成は、一般的な水道水に含まれている1mM程度の塩化物イオンにより促進されることを見出した。 電解直後の水では、このオゾンの存在により高い殺菌力が認められた。

 次に、水中に電解生成物等を放出せず、水中微生物を電極上に吸着させて除去する新たな電気化学的な方法を検討した。 陽極には、表面積が大きく、環境に対する負荷の少ないフェルト状の炭素繊維を選択した。フェルト状炭素繊維を 電極として加工し、そこに吸着させた酵母は、印加電位の上昇により殺菌できることを明らかにした。 約0.8V vs. SCE での殺菌率は約60%であったが、1.5V vs. SCE では殺菌率はほぼ100%であった。 電位の上昇に伴って、炭素繊維上で生じる電極反応により水素イオンが生成し、電極上に蓄積され(局所的強酸性環境)、 同時に次亜塩素酸も生成することから殺菌が促進されることを明らかにした。陽極に炭素繊維電極(フェルト状炭素繊維に 通電のためメッシュ状金属板を接触させた構造)、陰極にメッシュ状貴金属被覆チタン電極を組み合わせたユニットに 水を通すことで水中微生物の除去を行う独自の電解除菌システムを構築した。最初に、薬剤による殺菌が困難である 枯草菌の芽胞で評価した。模擬水道水に懸濁した芽胞は、本システムで完全に除去できた。但し、この芽胞の除去速度は、 pH3で低下した。これは、酸性環境下で芽胞表面の負の電荷が小さくなったことによると考えられた。このことから、 芽胞の電極への吸着は、電気泳動に基づく静電的な吸着であることが示唆された。また、炭素繊維電極上に捕集した 芽胞は、電極反応で生成した水素イオンや次亜塩素酸の作用と80℃の加熱で、ほぼ100%の殺菌が可能であった。 本システムにより代表的な微生物(大腸菌、黄色ブドウ球菌および酵母)についても高い除去効果が確認できた。 さらに、各微生物の電気泳動による電極への静電的な吸着現象に着目し、模擬水道水中で各微生物が持つゼータ電位を 測定した。その結果、酵母以外はゼータ電位の大きさに応じて炭素繊維電極に吸着した。酵母では、静電的な吸着以外に 特異的吸着が起こり、炭素繊維への吸着が促進された。水中微生物が持つゼータ電位は、本システムにおける 炭素繊維電極との静電的な吸着の指標になることが分かった。そこで、本システムが幅広い水質の水で使用可能か 調べるため、模擬水道水に含まれている各無機イオンの濃度を変えて、各微生物のゼータ電位の変化を測定した。 その結果、酵母以外はイオン強度の増加に伴いゼータ電位の絶対値は減少したが、それぞれ負の一定値になることが 分かった。酵母は、イオン強度の増加によるゼータ電位の変化は少なかった。これから、イオン強度の高い水中でも 微生物は負のゼータ電位を保持しており、本システムが応用できると考えられた。

 続いて、本システムにおける水中のウイルスの除去を検討した。ウイルスには、薬剤で不活化しにくいポリオウイルス 2型を選択した。模擬水道水中のポリオウイルスのゼータ電位は、-20mVであった。本システムでウイルス懸濁液を 処理した結果、細胞感染試験からウイルスの除去が認められ、同時に定量PCR法による分析で処理液からはポリオウイルス 由来の遺伝子断片は検出されなかった。また、蛍光抗体法による顕微鏡観察で、炭素繊維上にポリオウイルスが吸着 していることが分かった。このことから、ポリオウイルスも炭素繊維電極へ静電的に吸着し、模擬水道水中から 除去できることが明らかとなった。

 本研究では、貴金属被覆チタン電極を用いて模擬水道水を電解することにより、オゾンが生成することを明らかにし、 そのオゾンの発生条件および殺菌への応用の有効性について明らかにした。また、独自の電解除菌システムを構築し、 水中微生物が炭素繊維電極に吸着する現象の基礎的な解析を行い、吸着した微生物は電極反応により殺菌できることを示した。 本研究で得られたこれらの知見は、今後の水処理技術の発展に大きく寄与するものと考えられる。また、本研究の 成果の一部は、既に実用化されている。