氏 名 大塚 稔 本籍(国籍) 栃木県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第90号
学位授与年月日 平成16年9月30日 学位授与の要件 学位規則第4条第2項該当 論文博士
学位論文題目 糸状菌由来ジテルペン環化酵素の植物内での発現系構築に関する研究
(Overexpression of fungal diterpene cyclase in higher plants)
論文の内容の要旨

 ジテルペンの一つであるジベレリン(GA)は糸状菌イネ馬鹿苗病菌が生産する毒素として 最初に単離され、その後、植物の生長や発達に重要な植物ホルモンとして認識されるようになった。 現在、高等植物と糸状菌(イネ馬鹿苗病菌以外のGA生産糸状菌Phaeosphaeria sp.L487株)における GA生合成経路は詳細に調べられ、その生合成に関与する酵素遺伝子はほぼすべて単離され特徴付けられている。 両者のGA生合成経路研究は植物と糸状菌が独立してその生合成経路を獲得してきたことを提示した。例えば、 ジテルペン共通の前駆体であるゲラニルゲラニル二リン酸(GGDP)からコパリル二リン酸(CDP)を経た ent-カウレンまでの反応は、植物では、色素体内においてCDP合成酵素(CPS)とent-カウレン 合成酵素(KS)によって触媒される。一方、糸状菌のent-カウレン合成酵素は、GGDPを基質として この二段階の変換を触媒する。他の糸状菌が生産するジテルペンにも有用な生物活性を示す化合物は多くあると 考えられており、このような糸状菌由来の有用な化合物を植物体内で作らせる実験系の確立を目指して、イネ馬鹿 苗病菌由来のent-カウレン合成酵素(GfCPS/KS)を高等植物に導入することを試みた。このGfCPS/KSが植物内で 機能するかどうかを確かめるために、極度な矮性を示すent-カウレン欠損変異体(ga1-3あるいはga2-1)に この遺伝子を導入した。この変異体は、野生型が生育できる通常の条件下では発芽ができず、不稔であるが、 外的にGAを与えることによりその表現型が野生型のように回復する。目的酵素のN末端には色素体移行のために シロイヌナズナのCPSのトランジットペプチド配列を、C末端には細胞内局在マーカーのオワンクラゲ由来緑色 蛍光タンパク質(GFP)をつけて発現させるようなプラスミドを構築し、両変異体に導入した。

 その結果、GAを添加しない環境下で育てた場合でも形質転換植物体の表現型は野生型のように回復し、 その形質転換植物体はent-カウレンを過剰に生産していることがGC-MS分析により確認された。 また、組換え体における遺伝子・タンパク質発現もRT-PCRおよびウエスタンブロット分析により確認され、さらに、 GFP蛍光観察により色素体内での局在も確認された。以上のことから糸状菌由来のGfCPS/KSが植物内で機能している ことが示唆された。

 さらにこの形質転換体を作出・継代していたときに、その形質転換植物体(ent-カウレン過剰蓄積体)から ent-カウレンが揮散している可能性を見出した。そのent-カウレンを過剰に蓄積している形質転換植物体と ent-カウレン欠損変異体を同じ密閉シャーレ内において分断した培地でそれぞれ育てた場合、矮性変異体の 表現型が野生型のように回復した。また、ent-カウレンの代謝が欠損した変異体(ga3-1)の場合は、 完全には回復しなかった。そこで、この形質転換植物体のヘッドスペースガスについて固相マイクロ抽出(SPME)法を 用いたGC-MS分析を行ったところ、ent-カウレンを同定することができた。また、植物のCPSとKSを 過剰発現させた組換え体あるいはent-カウレンの代謝がブロックされたga3-1 変異体には、ともに ent-カウレンが蓄積していることが知られているが、これらについても本研究で作出された組換え体と同様に ent-カウレンの揮散が確認された。

 自然界でも植物体からent-カウレンが揮散しているかどうかを確かめるために、レタス、トマト等 いろいろな野生型植物のヘッドスペースについて、より高感度なODS-trapping法によりGC-MS分析を行った。 その結果、ent-カウレンが葉等に多量に蓄積していることが知られている野生型のスギとヒノキのヘッドスペースから ent-カウレンが同定できた。このことから自然界においても植物体からのent-カウレンの揮散が確認され、 それがシグナルとなって植物同士がケミカルコミュニケーションをしている可能性が考えられた。

 以上、本博士論文研究では、糸状菌の酵素を植物の特定の細胞内小器官で機能させることに成功し、さらに、 これまで確認されていなかったジテルペンent-カウレンの植物体からの揮散とそれの植物体への取り込み・ 代謝・利用がはじめて実験的に示され、植物における物質生産の新たな実験系確立のための極めて重要な知見を提供した。