氏 名 小島 紀幸 本籍(国籍) 宮城県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第325号
学位授与年月日 平成17年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目 コガタルリハムシの人工飼料開発と生殖器官制御に関する研究
(Achieved artificial diets and the control mechanism of reproductive organs in the leaf beetle,Gastrophysa atrocyanea MOTHCHULSKY)
論文の内容の要旨

 コガタルリハムシ(Gastrophysa atrocyanea) は草地雑草エゾノギシギシ(Rumex obtusifolius) の除草昆虫として、放飼昆虫によるこの雑草の制圧効果が知られている。また、本種では、厳密な寄主特異性をもち、 有用植物を加害して生態系を破壊する可能性が低いこともすでに証明されている。しかし、本種は一化性昆虫であり、 年に1回大量に飼育するためには寄主植物の生葉による飼育では困難であること、また大量放飼できたとしても 3,4年の草地管理が必要になるなど、実用化に至った場合の問題点が指摘されている。以上のことは、本種の 発生時期が限られており、そして摂食期間が短いことに関係している。そこで本研究では、第Ⅰ章において、 その生物的防除を発展させるべく人工飼料の開発に着手した。人工飼料による大量増殖法の確立によって、 エゾノギシギシの防除時期に大量放飼が可能となり、完全な防除ができると考えた。第Ⅱ章では、人工的に飼育する 回数を増やすため、本種の生活環制御に取り組んだ。本種の生活環において、約10ヶ月に及ぶ長期の成虫休眠を 有することから、生体外ホルモン物質の投与によって制御することは可能であり、早期に次世代個体を獲得できれば 大量増殖の発展に結びつくと考えた。特に、本種の精子形成は、他の多くの昆虫とは大きく異なっており、 休眠中に徐々に進行するが、その精子形成のメカニズムは解明されていない。従って、第Ⅱ章では人工飼料を 利用したホルモン投与によって、精巣発育および精子形成の機構を検討することにした。

 1.本種の人工飼料は、寄主植物であるエゾノギシギシの葉粉末を基本にし、昆虫の発育に必須となる成分 および摂食刺激物質を混合して作製した。摂食刺激物質としては、スクロースやその存在下での水溶性有機酸類、 さらにはアスコルビン酸などが知られており、それらの物質を適切な濃度条件下で加えたことが、人工飼料に対する 摂食活性を高めることに進展した。また、タンパク質源として、アミノ酸類とカゼインの両方を添加したことが、 幼虫ならびに成虫の発育の促進と継代維持に結びついた。その人工飼料による飼育成績は、幼虫ならびに成虫の 生存率や個体重量など、あらゆる面で寄主植物摂食による飼育結果と変わらない。さらに、休眠覚醒成虫の 飼育においても、雌成虫の寿命や産下卵の孵化率は、世代を重ねても同レベルの能力を維持していた。 結果的に、5世代目まで人工飼料で継代することができ、人工飼育法の基盤を構築した。

 2.コガタルリハムシの休眠は、人工飼料を利用した幼若ホルモン(JH)またはその類似物質(JHA)の 投与によって制御できることが明らかになった。その処理によって休眠を回避した個体は、やがて雌雄ともに 生殖器官の発育が誘導された。雌については、卵巣が発達した個体が出現し、それらの多くはやがて産卵するようになった。 その産卵数および産卵期間などの飼育成績は、これまで多くの昆虫で実施されてきたホルモン投与法によるものと比較して、 はるかに向上していた。一方、雄についても精巣の発育と精子形成が誘導された。15日間JH-ⅢまたはJHAで処理した 個体の精巣は、そのサイズにおいて25℃で3ヵ月間経過したものと同等であった。また、その内部では精子形成も 進行しており、通常観察される増殖した精原細胞だけでなく、一次精母細胞から精細胞、さらには成熟精子に至るまでの 発育段階の異なった多数のシストを確認することができた。15日後に、その処理によって生殖器官の発達した雌雄を ともに飼育した場合、交尾行動が認められ、やがて産下した卵からはごく少数の次世代個体が得られた。 これらの個体は、すべて雌であったが、雄の精巣内からは生存している精子が検出されたことにより、受精によって 誕生した個体であると考えられた。以上の結果は、JHが本種の精巣の発育および精子形成に対して、直接的または 間接的に関与していることを示唆するものであった。

 本研究成果は、有益昆虫であるコガタルリハムシの大量増殖を可能とし、草地雑草であるエゾノギシギシの 生物的防除法の発展に結びつくものである。さらに、昆虫全般を通して、情報量の少ない雄の精子形成過程については、 新たな知見を提供するものでもあった。今後、雌だけではなく雄の生殖器官の発育をも自在に制御できるようになれば、 本種の有用昆虫としての大量増殖にも期待がもてる。