氏 名 保井 聖一 本籍(国籍) 山梨県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第322号
学位授与年月日 平成17年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目 乳牛ふん尿スラリーの有機化学的特徴と土壌団粒形成能
(Organic-chemical characteristics of cow manure slurries and their ability in soil aggregate formation)
論文の内容の要旨

 北海道では近年、酪農家1戸当りの飼養頭数が急増しているため、過剰なふん尿が排出される ようになり、また飼養形態の変化からふん尿性状が固形状から液状スラリーへと変化しつつある。 乳牛ふん尿スラリーは、含水率が著しく高いため、取扱い性が困難であり、悪臭や水質汚濁などの環境汚染の原因となる 場合が多い。このため、資源の有効活用の観点からも、スラリーの畑作における利活用が強く求められている。

 そこで本研究では、研究事例が極めて少ない乳牛ふん尿スラリーに含まれる有機物に着目し、その化学的特徴を 明らかにすることを目的とした。また、スラリーの施用が土壌理化学性および団粒形成に及ぼす影響を併せて検討した。

 まず、乳牛ふん尿スラリー多く含まれるとされる低級脂肪酸(6種)の簡易定量法の確立を目的とし、 トリフルオロ酢酸で低級脂肪酸をプロトン型にしてキャピラリーガスクロマトグラフに導入する方法を確立した。

 次に、発酵過程の異なる乳牛ふん尿スラリーに含まれる有機物の化学的特徴を明らかにするため、 腐植物質および非腐植物質の組成を分析するとともに、赤外線吸収(FT-IR)スペクトルを測定した。その結果を各種 スラリー間で比較したところ、消化液は、未処理液に比べ、1)低級脂肪酸および中性糖の含有割合が著しく低いこと、 2)アルカリ抽出画分において腐植酸およびポリビニルピロリドン(PVP)吸着フルボ酸を合わせた腐植物質割合が 高かったこと、3)FT-IRスペクトルが脂肪族成分、タンパクおよび多糖類の減少、ならびに芳香族、カルボキシレート およびカルボニル基成分の増加を示した。一方、曝気処理液の化学性は、曝気強度が高い場合は消化液に近い特徴を、 低い場合は未処理液に近い特徴をそれぞれ示した。

 乳牛ふん尿スラリーに含まれる有機物の特徴をさらに詳細に検討するため、発酵過程の異なるスラリーから 抽出した腐植酸およびPVP吸着フルボ酸を対象に紫外・可視吸収スペクトルおよびFT-IRスペクトルを分析した。 乳牛ふん尿スラリーから抽出した腐植酸は、スラリーの種類に関わらず全てRp型に属し、極めて未熟な腐植酸で あることが示された。また、紫外・可視吸収スペクトルおよびFT-IRスペクトルから、各スラリーの腐植酸は リグニンのものと極めて類似していることが分った。さらに詳しくFT-IRスペクトルを検討したところ、消化液から 抽出された腐植酸は未処理液に比べ、脂肪族成分および多糖類成分が少なく、逆に芳香族、カルボキシレート、 カルボニル基成分が多いことが明らかとなった。一方、曝気処理液の腐植酸は、未処理液に比べ多糖類成分は 減少したものの、脂肪族成分は変化しなかった。消化液および曝気処理液におけるPVP吸着フルボ酸FT-IRスペクトルは、 カルボキシル基およびカルボニル基の増加、フェノール成分および多糖類成分の減少を示した。

 続いて、化学的特徴の異なるスラリーをポット土壌(褐色低地土)に施用し、乳牛ふん尿スラリーの施用が 土壌団粒形成および理化学性に及ぼす影響を検討した。用いたスラリーの全炭素に占める腐植物質の割合は、 消化液>曝気処理液>未処理液>>堆肥の順に高かった。これらのスラリーおよび堆肥を炭素の施用量が同一となるように ポット土壌の表層に全層施用し、コマツナを3連作した。その結果、スラリーの施用により土壌中の有機物含量 およびCECが高まり、同様に糸状菌数および作物根も増加した。また、スラリーの施用により、容積重の低下、 重力水孔隙率および飽和透水係数の増加が認められた。団粒分析の結果、スラリーの施用により>250μmの マクロ団粒が著しく増加し、その量は消化液区>曝気処理液区>堆肥区の順に多いことが明らかとなった。 マクロ団粒をさらに粒径分画したところ、スラリー施用区では特に有機・無機複合体(<53μm)の増加が著しかった。 団粒中の炭素分布を分析した結果、スラリー施用区では主にマクロ団粒の有機・無機複合体に炭素が多く集積している ことが明らかになった。このことから、マクロ団粒形成においてスラリー由来の微細な腐植物質の寄与が推定された。

 さらに、上記ポット試験に施用したスラリーの粒径画分試験、粘度特性試験、土壌浸透試験を実施し、 その物理的特徴を明らかにした。また、スラリー施用土壌において、マクロ団粒(>250μm)を構成する有機・無機 複合体(<53μm)から腐植物質を抽出し、その化学的特徴から腐植物質の由来を推定した。粒径分画の結果、 スラリーに含まれる固形物は微細画分(<53μm)が主体であり、スラリー間で比較すると、微細画分の割合は 消化液>曝気処理液>未処理液>堆肥の順に高かった。スラリーの流動性および土壌への浸透率は、 消化液≒曝気処理液>未処理液の順に高かった。また、マクロ団粒を構成する有機・無機複合体から抽出した腐植酸は、 消化液区、曝気処理液区および未処理液区ではいずれもB型を示し、化学肥料区に比べ、腐植酸の腐植化度が低下していた。 マクロ団粒の有機・無機複合体から抽出した腐植酸およびPVP吸着フルボ酸のFT-IRスペクトルを分析したところ、 スラリー施用区では土壌粒子にスラリー由来の未熟な腐植酸が集積し、有機・無機複合体を形成していることが推定された。

 以上の結果から、乳牛ふん尿スラリーの施用により、スラリー中の腐植物質と土壌粒子が結合して有機・無機複合体の 形成が促進され、その結果マクロ団粒が多く形成されたと推定された。したがって、本研究の結果から、乳牛ふん尿スラリーは 堆きゅう肥と同様に土壌改良資材として有効に機能することが示された。また、乳牛ふん尿スラリー施用による 土壌団粒メカニズムを考察し、堆きゅう肥の場合と異なることが示された。