氏 名 中里 勝彦 本籍(国籍) 岩手県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第318号
学位授与年月日 平成17年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 豆乳中成分と豆腐の性質との関連性
(The Relationship between the Components of Soymilk and the Property of Tofu)
論文の内容の要旨

 大豆は現在、栄養・健康面から注目をあびており、また、世界における主要な農産物の中で 生産量が増加している農産物の一つである。その大豆の加工食品で代表的なものの一つが豆腐である。 古くから東アジアで食べられてきた伝統食品である豆腐は、大豆の水抽出液である豆乳にカルシウムやマグネシウム塩などの 凝固剤を加えカード化した大豆加工食品であり、この豆腐の物理的性質は、豆乳中の化学成分の含量に大きく依存する。 これまで大豆タンパク質のゲル化等の研究は盛んに行われてきたものの豆腐カード形成に関する研究はあまり 多くは行われていなかった。そこで、本研究では豆乳中の主要成分の含量および存在状態と形成される豆腐カードの 物性との関係について研究した。それらの検討のために豆乳中の主要成分含量の簡便・迅速な定量法の開発も行った。

 従来の化学定量法は操作が煩雑で時間も要することから、現在、発展目覚しい赤外分光法(FT-IR)を用いた 簡便・迅速な豆乳における主要成分含量の定量法の開発を行った。豆乳は水溶液であることからATR法を用いた。 豆乳をそのままの状態で赤外吸収スペクトルを測定し、タンパク質定量はアミドⅡ吸収帯の1545cm-1、 脂質定量はエステル吸収帯の1745cm-1、糖質定量はC-C・C-O吸収帯の1000cm-1を 使ってタンパク質含量も考慮することから簡便・迅速な定量が可能であった。タンパク質含量算出のための検量線は 分離大豆タンパク質の水溶液を用い、脂質含量算出のための検量線は脱脂大豆粉から調製した豆乳に大豆油を添加し、 5分間超音波処理したて人工オイルボディを再構成させたものを用い、糖質含量算出のための検量線はショ糖: スタキオースを質量%比率で1:1に溶解させた水溶液を用いることで作成できた。本法による定量値は従来の 化学定量による定量値と一致し、試料に対して化学的処理を全く行わないことより、値のぶれが極めて小さく 測定可能であったことから、本法は信頼性の高い簡便・迅速な定量法であると言える。

 この赤外分光法(FT-IR)による豆乳主要成分の定量法を用いて、様々な豆乳の主要成分の含量を測定することで、 豆乳中の主要成分の含量と形成される豆腐カードの物性との関係について研究した。これまで豆腐の物性は 固形分含量とタンパク質含量のみで議論されることが多かったが、本研究では、豆乳中におけるタンパク質・脂質の 存在状態まで考慮して検討した。豆乳の粒度分布の結果からタンパク質粒子(粒径0.08μm)とオイルボディ様粒子 (粒径0.375μm)が均一に分散したまま固形分含量が高くなり続ける6倍加水豆乳までは、固形分含量が高くなると 粒径数μmの会合体の形成により、均一な豆腐カードが形成されず硬い豆腐ができないことが示唆された。 また、6倍加水豆乳に分離大豆タンパク質を添加しても、大豆油を添加しても顕著に豆腐が硬くなる傾向は見られなかった。 しかし、6倍加水豆乳を限外濃縮することでタンパク質含量を存在状態を変えずに高くすると豆腐は硬くなり、 また、オイルボディ様粒子を添加することで脂質含量を存在状態を変えずに高くすることでも、ある程度までは 豆腐が硬くなる傾向を示した。このことより、存在状態が変わらずタンパク質含量と脂質含量が高くなることで、 均一でより密な豆腐カードが形成され、豆腐が硬くなることが示唆された。これらのことより、豆腐は単純に 豆乳の固形分含量が高くなるとともに硬くなるのではなく、特にタンパク質と脂質の含量および存在状態存在が 豆腐の硬さに影響を与えていることが明らかになった。凝固剤にGDLを用いた場合、6倍加水豆乳にオイルボディ様粒子を 添加することで脂質含量を存在状態を変えずに高くしていくと、過剰な場合、豆腐の硬さは軟化傾向示したことより、 タンパク質含量:脂質含量の最適比率が存在することが明らかになった。その比率はフクユタカから調製された 豆乳の場合、元の豆乳の比率と同じ5:2であった。このことより、タンパク質含量を上げるだけでなく、 それに適合した脂質含量にすることでさらに密で均一な豆腐カードが形成されることが示唆された。また、凝固剤 GDLとCaSO4で豆腐カードの形成メカニズムが異なることから、CaSO4豆腐ではタンパク質 含量による影響が大きく、オイルボディ様粒子は量が多すぎるとネットワークを妨害し軟化傾向を示すことが示唆された。 さらに、軟らかさ(平均応力)の比較・検討の結果、脂質含量が高くなるほど破断試験の際の応力-ひずみ曲線が 直線に近づき、逆にタンパク質含量が高くなるほど下に湾曲した応力-ひずみ曲線になることが明らかになった。 このことより、オイルボディ様粒子が基点となって豆腐カード形成されることと、オイルボディ様粒子どうしの ジョイント部分としてタンパク質粒子と可溶性タンパク質がはたらき、豆腐の微細なネットワーク構造を形づくって いくことが示唆され、それはGDL豆腐とCaSO4豆腐と同様な傾向が見られたことから、小野の提唱する 豆腐カード形成メカニズムを説明する新たな知見が得られた。

 次に2つの豆腐製造法、生しぼり法と加熱しぼり法での最適加水量を検討した結果、フクユタカを用いた場合、 生しぼり法では6倍加水が、加熱しぼり法では7倍加水が最適であった。加熱しぼり法が生しぼり法より固形分含量が 少ないところで最適になるのは加熱しぼり法によって抽出される多糖類の影響のためだと示唆された。

 これらの考察を用いて大豆品種間で比較・検討した。国内産のフクユタカ、ナンブシロメ、カナダ産non-GMO CIPRO黒目大豆、中国産の中国中粒大豆の4品種を用いて、それぞれ生しぼり法と加熱しぼり法で豆腐を調製し、 豆乳の化学的性質・特徴と豆腐の物性の関係を検討した。その結果、国内産のフクユタカは、遊離フィチン含量が少ない・ タンパク質含量高いなどの性質を持った豆乳が調製され、豆腐への歩留まり率が良い硬い豆腐ができ、豆腐製造に 適した大豆の一つであることが言えた。カナダ産non-GMO CIPRO黒目大豆は、生しぼり法で豆乳調製が困難であったが、 加熱しぼり法ではフクユタカとほぼ同様な特徴を持つ豆乳が調製され、豆腐への歩留まり率が良い硬い豆腐ができ、 フクユタカと同レベルで豆腐製造に適した大豆の一つであることが言えた。国内産のナンブシロメは、フクユタカと 比較して若干劣るものの遊離フィチン含量が少ない・タンパク質含量高いなどの性質を持った豆乳が調製され、 豆腐への歩留まり率が良い硬い豆腐ができ、豆腐製造に適した大豆の一つであることが言える。また、フクユタカ 以上に固形分含量増加に伴なう豆乳の増粘性効果が大きかった。中国産中粒大豆は、カルシウム含量が低いため、 遊離フィチン含量が高くなり、また、糖質含量が高い豆乳が調製され、今回用いた4品種間では豆腐への歩留まり率が 最も低かったが、7倍加水よりも固形分含量を高くすることで硬い豆腐は調製できる。また、凝固剤の違いによる 豆腐の硬さの差が比較的小さい特徴を持っていた。これらのことから、フクユタカが豆腐製造に特にも優れた品種で あることが明らかになった。また、カナダ産non-GMO CIPRO大豆などのように豆腐メーカーなどの質的な要望に十分に 応えられたものが海外から供給されていることがわかった。