氏 名 田中 大介 本籍(国籍) 埼玉県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第299号
学位授与年月日 平成16年9月30日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 植物遺伝資源の長期保存技術としての超低温保存法に関する研究
(Studies on cryopreservation of plant genetic resources as a long-term conservation technique)
論文の内容の要旨

植物遺伝資源の保存は、乾燥・低温保存が容易に可能な種子で行われてきた。 しかし、栄養繁殖性および難貯蔵性種子を持つ植物種は種子保存が困難であり、圃場での栽培・保存を余儀なくされているが、 突発的な自然現象や病害虫による被害による消失の危険性や、その管理に莫大な労力と時間を要するなど問題点も多い。 また、一部実用化されている培養組織の試験管内保存は、自然環境下での保存に比較すると消失の危険性は低いが、 継代培養に要する労力、雑菌混入による消失や体細胞変異などの危険性が存在する。

その様な現状の中、省力的で経済的、かつ、安全な超低温保存法は、植物遺伝資源保存の最適方法の一つとして普及しつつある。 しかし、その中でも最近注目を浴びているガラス化法を基本とした超低温保存法を実際に用いて遺伝資源保存を 実践している例は決して多くない。その理由は、材料毎に最適条件決定を試行錯誤によって行う必要があること、 超低温保存処理過程における各ステップから液体窒素に投入した際における細胞挙動や細胞内水分の凍結(あるいは ガラス化)による細胞の微細構造への影響、あるいは、超低温保存処理ステップに耐えられる細胞の特徴、といった 基礎的な知見が欠けていること、などが挙げられる。従って、植物種を問わず高い生存率を維持できる保存法を 開発するためには、細胞の液体窒素保存時の応答に関する基礎的知見を得た後、効率的に多くの種(あるいは、 品種・系統)を保存できる普遍的で簡便な方法の設定を行うことが必須であると考えられる。

そこで、本研究では、ガラス化法を基盤とした植物遺伝資源の超低温保存法の普及を目指し、茎頂組織を用いて、 ①効率的にガラス化を起こす脱水処理方法を検討し、②低温走査型電子顕微鏡や透過型電子顕微鏡による観察を通して、 ガラス化法を用いて液体窒素中で保存された茎頂の細胞微細構造に対して水の挙動(氷晶、ガラス化など)が与える 影響に注目して調べ、広範囲の植物遺伝資源に応用可能な普遍的、簡便な超低温保存法を確立するための新たな知見を 得ることを目的とした

その結果、リンドウの茎頂を材料として、ガラス化法およびビーズガラス化法(茎頂をアルギン酸ビーズに 包埋した後ガラス化液処理する)を用いた超低温保存法を確立することに成功した。さらに、ガラス化法と ビーズガラス化法を比較したところ、ビーズガラス化法は、①ガラス化液処理時間を厳密に決定する必要がないなど 操作を簡便にできる、②非常に高い生存率が得られる、③加温後に生存している茎頂は非常に早い時期から再生を開始する、 などの利点を見出した。これは、ビーズガラス化法では、細胞が受ける傷害が軽度であるためと推測される。

これまで、植物細胞の超低温保存関連分野においては、液体窒素中に保存された植物材料の状態、細胞の生死と 関連した形態変化については全く解析されていなかった。さらに、細胞内の氷晶形成による機械的ストレスが直接 傷害に結びつくことを考慮すると、ガラス化処理と氷晶形成の関係をきちんと理解する必要があると考えられた。 そこで、-196℃で保存された植物茎頂の細胞微細構造を調べるため、ガラス化法における超低温保存過程の 各ステップの条件を様々に設定し、様々なステップから超低温処理した茎頂を無水系凍結置換固定法により調整を 行った後に透過型電子顕微鏡観察する、または、急速冷却した試料を超低温下で細胞割断し走査型電子顕微鏡により 観察することによって、超低温下における細胞の生存と微細構造、および、細胞内の水の挙動について解析を行った。

その結果、不十分な脱水は細胞内に大きな氷晶形成を引き起こすこと、液体窒素により急速冷却した場合、 ガラス化液処理を行った場合にのみ細胞内に氷晶形成が認められないことから、細胞がガラス化していると考えられること、 また、脱水耐性付与処理(グリセロール液処理)後に窒素スラッシュを用いて急速冷却した細胞においても細胞内に 氷晶形成は観察されないが全く茎頂が生存しないことから、ガラス化液成分の一部(おそらく、ジメチルスルフォキシド、 および、エチレングリコール)が細胞内へと浸透し、ガラス化を効果的に起こすことが生存には必須であること、 などが明らかになった。

リンドウで開発されたガラス化法やビーズガラス化法を用いて、他の植物遺伝資源(フサスグリ、イチゴおよび ハヤチネウスユキソウ)の保存に高い生存率で成功した。さらに、イチゴおよびフサスグリの茎頂を用いた実験では、 加温後の再生育培地にフェノール吸着物質(polyvinyl pyrrolidone)を添加することにより、生存率が非常に高くなることを見出した。 これは、超低温暴露により傷害を受けた細胞からのポリフェノール物質の分泌が再生育を阻害する要因の一つとして 関与していることを示しており、加温後の培養過程の改良によって保存効率が大きく上昇する可能性を示した。 植物ホルモンであるbenzylaminopurineを添加することにより生存率が有意に高まることから、植物ホルモンの付与が 液体窒素保存後の茎頂にとっては重要である場合もあることが明らかになった。

以上のことから、ビーズガラス化法およびガラス化法を用いれば、ガラス化液処理時間のおおまかな検討のみによって、 多様な栄養繁殖性植物の遺伝資源を長期保存するのに利用できることが明らかになった。