氏 名 鎌田 崇 本籍(国籍) 岩手県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第298号
学位授与年月日 平成16年9月30日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 コムギの低温馴化過程における適合溶質の細胞内局在性の変化
(Changes in subcellular localization of the compatible solute during cold hardening in wheat)
論文の内容の要旨

温帯性植物は、秋から冬にかけてあらかじめ致死的でない低温に曝されることで凍結耐性を 獲得・向上させる。この過程は低温馴化と呼ばれ、多くの反応が同時に進行する非常に複雑な過程である。 また、越冬性のイネ科植物には低温馴化過程に2つのステージがあることが知られている。 一つは1st-stageと呼ばれるプラス温度域での低温馴化過程で、主に低温ストレスを受けるステージである。 もう一つは2nd-stageと呼ばれるマイナスの温度域での低温馴化過程であり、低温ストレスと共に細胞外凍結による 脱水ストレスを受けるステージである。コムギでは1st-stageの低温馴化処理を行った後、2nd-stageの低温馴化処理を 行うことで、凍結耐性がより向上することが知られている。

低温馴化過程における植物の凍結耐性増大メカニズムについては古くから研究がなされており、その一つとして “適合溶質”の蓄積が重要であることが知られている。適合溶質とは、糖、プロリン、ベタインに代表される 低分子有機化合物で、電気的に中性で水和性が高く、細胞内に大量に蓄積しても毒性を持たない溶質である。 適合溶質が細胞を保護する作用は大きく二つに分けられる。一つは細胞内に蓄積することで浸透濃度を上昇させて、 凍結脱水から細胞の水分を保持するという“量的な”作用であり、もう一つは適合溶質分子が膜系やタンパク質に 直接作用し、安定化させることで、細胞を保護するという“質的な”作用である。また、低温馴化過程における 凍結耐性増大と適合溶質の蓄積との間には強い相関があることが知られている。

このように、植物の凍結耐性獲得機構を知る上で、適合溶質の変動を量的・質的に知ることは非常に重要であり、 現在まで適合溶質とストレス耐性との相関についての研究が多数報告されている。しかし、その多くが個体全体または 細胞レベルでの報告であり、質的な効果を考慮する上で重要な適合溶質の細胞内局在についての情報はほとんど得られていなかった。

そこで筆者は、凍結耐性の異なるコムギ2品種を用いて、2つの低温馴化ステージにおける凍結耐性の変化、 および適合溶質の細胞内局在を網羅的かつ維持的に定量し、両品種を比較することで適合溶質の細胞内局在と凍結耐性について 検討を行った。適合溶質の細胞内局在の決定はNonaqueous Fractionation法(Stitt et al. 1989) を改変して用い、 4つの細胞内コンパートメント(葉緑体、ミトコンドリア、サイトゾル、液胞)について、それぞれ適合溶質の 維持的な変化を調査した。同時に、透過型電子顕微鏡を用いてオルガネラの体積変化を調査し、葉組織の含水率から オルガネラの含水量を予測し、各細胞内コンパートメントにおける適合溶質“濃度”を求め、凍結耐性の変化と比較した。

その結果、以下の4点について新たな知見を得ることができた。1)1st-stageの低温馴化処理によって、 コムギ2品種は共に凍結耐性を増大させ、続く2nd-stageの低温馴化処理を行うことで、凍結耐性がさらに向上した。 2)浸透濃度や適合溶質含量も、両品種とも凍結耐性と同様の変化を示した。 3)適合溶質ごとに異なる変化を見せた。 4)適合溶質の細胞内局在性と凍結耐性を比較した結果、サイトゾルにおける適合溶質濃度変化が、1st-stageにおいては 凍結耐性と良く一致した。しかし、2nd-stageでは必ずしも一致しなかった。

以上、本研究では、1st-/2nd-stage の低温馴化過程における、適合溶質の細胞内局在の変化について、初めて詳細な 知見を得ることが出来た。また、それによって、サイトゾルにおける適合溶質の濃度上昇が1st-stageの低温馴化過程における 凍結耐性増大に非常に重要であることがわかった。しかし、2nd-stageの低温馴化による凍結耐性増大については それだけでは必ずしも説明できないことから、適合溶質の保護効果を論じる場合には、適合溶質の“質的な”効果を 考慮する必要があり、今後は細胞内局在性の情報と共に、適合溶質の質的な効果に対する何らかの統一的な評価基準が 必要であると考えられた。