氏 名 | DING, Yi Ping 丁 意平 |
本籍(国籍) | 中国 |
学位の種類 | 博士 (農学) | 学位記番号 | 連研 第296号 |
学位授与年月日 | 平成16年3月31日 | 学位授与の要件 | 学位規則第4条第1項該当 課程博士 |
研究科及び専攻 | 連合農学研究科 生物生産科学専攻 | ||
学位論文題目 | 戦後日本における農業出版ジャーナリズムの役割に関する研究 (A Study on the Role of Agricultural Journalism in the Postwar Japan) |
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論文の内容の要旨 | |||
ジャーナリズムは、ある面ではその時々の社会の一面を映す鏡とも言える。 社会のニーズを的確に捉え、ある時は先導的、ある時は批判的に、社会との接点を保っている。また、社会の多様な 文化的ニーズへの対応もジャーナリズムの存亡をかけたあり様ともいえる。本研究は農業分野における出版ジャーナリズムの 動態過程を明らかにし、あわせて農村読者との関係分析を通して、農業出版ジャーナリズムの役割について考察したものである。 具体的には、次の4点について分析考察した。 第1点は、戦後の出版ジャーナリズムの中における農業出版ジャーナリズムの動向の分析である。 第2章では、これを各種統計から概観した。総書籍の新版点数に占める農業書籍の点数の割合は大きく減少したが、 点数は増加し、一般市販農業雑誌がそれなりに安定した状態を示している一方で、農業学術雑誌は大きく増加している点が 特徴的である。全体から見ると、農業専門出版社がまだ少ない状況の中で、他分野の書籍出版点数の増加率・雑誌の 変化と比較して、不安定ながらも増えていることが見てとれる。これらの点は、戦後農業出版ジャーナリズムの 積極的な一面として評価されよう。 第2点は、戦後農業出版ジャーナリズムの動向と農村読者の読書状況の考察である。この課題を考察するために、 第3章で家の光協会の『農村と読書-全国農村読書調査』のデータを取り上げて分析した。農村における雑誌の 平均購読数も漸減傾向にあるが、その中の農業月刊誌と一般月刊誌の平均購読数は年々近づいてきており、 農業雑誌の位置が相対的に高まっている。このことから、農家においては月刊誌離れが進むという全般的な状況の中にあって、 農業に関する興味及び関心と、関連雑誌を読む意欲は依然として強いということが伺える。農業の担い手としての 資質向上の意欲も依然として強いといえるのではなかろうか。 第3点は、農業出版ジャーナリズムの一翼を担う出版社、具体的には農業専門出版社の出版物を通した農業・農家への スタンスの解明である。第4章で、長い農業専門出版の歴史をもつ農山漁村文化協会(以下では農文協と呼ぶ)を対象に分析した。 農文協はその出版活動を通して、視点を農村娯楽・農村文化から農政・農業生産、生活へと広げていった。 近年には出版領域を雑誌と単行本の二本立てに再編成し、農の領域から医(健康)・食・農・想(教育)の広い領域にわたる 生活農業の視点を展開している。生活農業を提唱する一方、「農村と都市の新しい結びつきを発見・創造するコツが、 自然と人間との敵対的矛盾を克服する基本である」という理念に立ち、ひたすら農家の生産・生活・健康等に関わることから、 農家の暮らし・地域の暮らしをつくり、安全・安心な食べ物の生産などを通して、都市の非農家にも働きかけることを提起している。 第4点は、農家と出版ジャーナリズムの接点を具体的に分析することである。第5章で、山形県庄内地域で 30年以上にわたり『現代農業』を購読し続けている農家を対象とした聞き取り調査をもとに分析した。 『現代農業』は農家に向けて農業技術や篤農の事例等具体的な情報を発信する時に、常に身近なことをテーマとして取り上げている。 農政・農業の多様な変化に対応しつつ、長年にわたり農家の立場に立ち、農家の暮らしをより向上させていくための 具体的な情報を提供していることが、多数の農家、特に鮮魚農家に歓迎され、読み続けられている要因の一つである。 そこには長年の読者が、『現代農業』が必ずしも国の政策に合致するものではなく、逆に常に農民サイドに立ち、 農民の暮らしや文化、教育あるいは営農活動を容易にするための論を展開し、農業という大事な産業、農家という 大事な担い手の立場を終始一貫代弁していることを感じ取っていることが伺えた。 以上のように、農業出版ジャーナリズムは、多様化する農業・農家・農村社会に対して、国民全般の暮らしに 関わりあいながら、農業のもつ役割がさらに大きくなっていることを指摘し、そして近年は国民生活全体に対して 食と農の重要性を訴え、暮らしと農を結びつける役割を担っていることを相対的に把握したことが、本研究の成果の 一つであると考える。 第4章と第5章で分析した農文協に限らず、農業出版ジャーナリズムはそれぞれ出版ジャーナリズムの質的向上の ための実践的かつ具体的な取り組みを行い、非常に有益な役割を見せている。長期にわたり、農業・農家のために 一貫した理念を持ちつつ現実の問題を提起し、農家の精神的な支柱としての一端を担うことが、農業出版ジャーナリズムに 課せられた使命であるといっても過言ではないであろう。 戦後の高度経済成長の過程で農業軽視の風潮が生じ、重要な産業の一つである農業を存続するために、農家の 置かれている立場を理解し、国民のよりよい生活のために、食と農、暮らしと農を結びつけて展開してきた視点は、 農業出版ジャーナリズムのあり方としてあらためて評価できる。しかし、課題は山積している。孤立したジャーナリズムではなく、 より広範な支持が得られる農業出版ジャーナリズムの世界をどう構築していくのか、それぞれに課せられた課題は 大きくかつ重要といえる。 |